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誤解

・自分が何者か知ってるけど狂っていないし、サンプルな自覚まであるセフィロスの謎時空クラセフィちゃん。

 セフィロスは、神羅ビル内の科学部門フロアにある一角に居住している。なんでも生まれた時からずっとここに住んでいるらしい。今ではクラウドもよく泊まりにくるので、クラウドの私物が段々と増えてきている。
 そんな住居のリビングでは、事件が勃発していた。
「これってどういうこと?」
 クラウドはこの日、ミッドガル中で大騒ぎになっている事件についてセフィロスを問い詰めていた。
「知らない」
「知らないってどういうことだよ」
「だから知らないと言っている」
 問い詰められているセフィロスは憮然としていて、二人の間に漂う雰囲気は険悪だ。
「知らないわけないだろう、自分のことだぞ」
「俺は俺について知らないことがたくさんある」
「屁理屈をこねるな」
 あくまで知らぬ存ぜぬを貫くつもりらしいセフィロスの態度に、クラウドは、これは長期戦になりそうだと覚悟を決めた。
「分かった。じゃあこうしよう。俺がひとつずつ質問するから、セフィもそれにひとつずつ答えてくれ」
「いいだろう」
 絶世の美人であるセフィロスが怜悧な瞳をつり上げる。普通の人ならばその鋭い雰囲気と冷たさに怯み、逃げ出したくもなるだろうが、クラウドはもう慣れっこなので全く怖いと思わない。いや、嘘だ。少し、いやだいぶ怖いのだが、今はそれよりも真相を確かめることの方が重要だ。
「まずこれ。この記事はなに?」
「知らない」
 先程から机の上に広げられているのは、ミッドガルで流通している新聞のひとつ。そこには、今クラウドが問い詰めているセフィロスについての記事があった。
「ふうん。何にも思い当たる節はないの?」
「ない」
「でもね、この新聞、ゴシップじゃないの知ってるでしょ」
「知っている」
「でしょ? じゃあ根も葉もない噂が書かれるとは思えないのも分かるよね?」
「知らない」
 クラウドはため息をついた。先程からセフィロスは「知らない、知っている、ない」とyesかnoしか答えていない。確かにひとつひとつ質問すると言ったのはクラウドだが、だからといって一言で答えろとは言っていない。相当へそを曲げているということだろう。
「……まあ、知らないしか言わなかった時よりは前進したのかもしれないけどさぁ」
 なんだか悲しくなってしまって、クラウドは机の上に突っ伏した。
「別にさ、慌てて言い訳して欲しいとかそんなんじゃない。でも、もっとこう、何があったのか、とか、あんたの口から説明して欲しいだけなんだよ俺は。分かる?」
 クラウドが苦しげに呻くと、頭上からは困惑した声が降ってきた。
「……だから、さっきから知らないと言っている。知らないものは知らない。何も答えられない」
 そう言うと、椅子がずれる音がして机が揺れた。セフィロスが席から立ち上がったのだ。そして足音が離れていき、リビングの扉が開閉する音がし、続いてピピッという電子音が小さく響いた。セフィロスが居室から出て行ったのだ。
 一人残されたクラウドは、再び大きなため息をついた。

 クラウドの予想に反し、それから5分くらいしてセフィロスが帰ってきた。足音と話し声がする。誰かを連れてきたようだ。クラウドは、セフィロスが気分を悪くして部屋を出たと思っていたので、こんなに早く、しかも誰かを連れて戻ってきたことに少々驚いていた。
「なんだね、忙しい私をわざわざ呼び出すとは」
 リビングに顔を出した人物を見て、クラウドは更に驚いた。
 そこには、セフィロスが普段避けているともいえる人物が立っていた。
 宝条博士、その人だ。
「クラウドがこの新聞記事を見せてきて、これは何かと俺に訊くんだ。だが俺は知らない。知らないと言っているのに納得してくれない。だから宝条を連れてきた」
 セフィロスの説明に、宝条はため息をついた。
「なんだ、そんなことかね。そのくらい自分でも言えるだろうに」
「お前が言った方がクラウドも納得する」
「……お前は信用されていないのか?」
「残念ながら、そのようだ」
 そう言ったセフィロスは、よく見なければ分からない程度に、しかしクラウドからは分かるくらいに悲しそうな表情をしている。
 それを見て、クラウドはぎくりとした。
 宝条は面倒臭そうなため息をひとつつくと、新聞の記事を読んで、それから呆れた声を出した。
「クラウドとやら、お前はこんなことが気になるのかね? だとしたら私が思った以上に愚か者だということなのだが」
 見下す言い方にイラっとしながらもクラウドは答えた。
「信じてるわけじゃないですよ。それでも、セフィロスの口から否定して欲しかった。当たり前でしょう、恋人なんだから」
 やや荒い口調になってしまったが、致し方ないだろう。これで宝条も少しはクラウドの気持ちが分かるだろうか。
 だが宝条は、更に馬鹿にしたような口調でクラウドに言う。
「否定? そんなこと、これにできるものかね。これは何も知らんだろうよ」
「……確かにセフィロスは知らない知らないってそればかりだったけど……、なんで博士がそれを知ってるんですか?」
「……セフィロス、悪いことは言わん。こいつとは別れろ。お前にはふさわしくない。こんな男と共にいるくらいなら、モルボルとでも番ったほうがはるかに建設的だろう」
「嫌だ!」
「モルボル!?」
 セフィロスとクラウドが同時に叫んだ。
 クラウドは、モルボルってどういうことだ!? と混乱すると同時に、即座にセフィロスが宝条の提案を否定してくれたことが嬉しかった。
「宝条、それは良いから、クラウドに説明してくれ」
 セフィロスが促して、やっと本題に入ることができそうだ。
 宝条はリビングの椅子に座った。それに倣い、セフィロスとクラウドも再び椅子に座る。 机の上には、件の新聞記事を広げた。
「博士、この新聞はゴシップ紙じゃないんですよ。ゴシップが書き立てる根も葉もない噂とは訳が違う」
「ふむ。ではお前はどう思うわけだ? この記事を信じるか?」
 問題のその記事とは、セフィロスに隠し子がいる疑惑について書かれたものだったのだ。
「信じてませんよ! だからセフィロスにこれは何かって訊いてるんです!」
 語気も荒く言うクラウドに、宝条はメガネを光らせた。
「いるとしたら?」
 一瞬、クラウドは何を言われたのか分からなかった。
 少し遅れて、言われたことの意味を理解した。
「え……、まさか、い、いる……? セフィロス、あんた子供いるの?」
「だから、知らない」
 知らないっていうのはもしかして。つまり、いる可能性があるということか。そんな可能性があるということは、そういうことをしたことがあるということで。そして、同性であるクラウドとの間でそれは、あり得ないわけで。
「……いつ?」
「は?」
「俺と付き合う前? それなら仕方ないよ、うん。でも、もし同時なんだったら……それって、二股?」
 クラウドは絶望的な気持ちで、なんとか声を絞り出した。それはまるで自分に問いかけているようだった。足元が崩れるような感覚と息苦しさを感じる。手の指先から急速に冷えていく。
 セフィロスは、今までクラウドが見たことがないほどに困惑した顔をして、宝条をみやった。
「宝条、頼む、助けてくれ。俺にはクラウドが何を言っているのか分からないんだ。だが、とても良くないことになっているのは分かる。……今度、実験に協力するから」
 宝条はクックックと不気味な笑い声を立てた。
「実験への協力は別にお前の意思など関係なくしてもらう。だが、自分から申し出るとは、なかなか自覚があるようじゃないか」
 セフィロスはため息をついた。
 宝条はさっそく、今回の事件の解決に向けた話を始めたのだった。
「クラウド、まず、お前は質問の仕方が悪い」
「質問の……仕方?」
「そうだ。お前が知りたいのはこの記事が本当かどうかなのか? それとも、セフィロスが浮気をしているかどうかか?」
 どちらも同じ意味だろうと、クラウドは目を細めた。しかし、このままでは埒が明かないことも重々承知していたので、宝条のペースに合わせることにした。
「……浮気をしているかどうかの方。……どちらも同じ意味だと思いますけどね」
 しかし、クラウドの考えていたことは即座に否定された。
「これにとっては全くつながりのない話になるぞ。……セフィロス、クラウドの質問にはお前が答えろ。お前は浮気をしたのか?」
「していない」
 きっぱりとセフィロスが答えた。
 つまり遊びかよ。クラウドは更に気分が悪くなる気がした。
「次に。お前は子供を作るような行為をクラウド以外としたことがあるか?」
「ない」
「え……?」
 宝条の質問に即座に答えたセフィロス。クラウドは混乱して間抜けな声を出した。
 それはセフィロスからしてみれば、クラウドが予想もしていない答えを得た証拠に過ぎず、つまり、クラウドはセフィロスがクラウド以外と性行為をしたことがあると決めつけていたということになり、大いに憤慨することだった。
「ちょ……っと待て、待て待て。セフィ、あんた俺以外とエッチしたことないの?」
「そうだと言っている。お前は俺を馬鹿にしているのか? それとも、はなから信用していないのか」
「待って! 違う、そうじゃなくて……じゃあなんで、子供がいるかどうか『知らない』んだ? その場合、『いるわけがない』になるだろう」
 セフィロスはまた困った顔をした。
 宝条が口を開いた。
「クラウド、お前はなぜ、セフィロスが性行為をしていなければ子供がいないと考えるんだ?」
「は?」
 こいつ、何を言ってるんだ。科学者のくせに子供ができる仕組みを知らないのか?
「……セフィロスって単体生殖できるのか?」
「クァックァックァ! セフィロス、聞いたかね? クラウドの持っている知識レベルはどうも非常に低いようだ。こいつとは別れるな? モルボルが嫌ならば別の相手を探してやろう。なに、心配するな。私が自らお前にふさわしい相手を選んでやる」
「……クラウド、俺はアメーバではない」
 笑い続ける宝条に、大混乱するクラウド。セフィロスはというと、耐えられずに机に突っ伏した。

 気を取り直して、クラウドは宝条に訊いた。
「どういうことですか。セフィロスはいつどうやって子供を作ったんですか?」
「まだいるとは言っておらんよ。……分かった、説明してやるわい」
 宝条はやっと話を始めた。
「まず、これに子供はいない。正確には、世間一般的な『子供』にあたる存在は今のところいない。こいつの精細胞を他者の卵細胞に受精させても、うまく細胞分裂せずに途中で死滅する。今までに5度試しているが、全て同じ結果だった」
 体外受精か。だがセフィロスは知らなかったらしく、ふうん、などと言っている。え? 自分の子供なんじゃないのか? クラウドはぎょっとする。
「次に、こいつのDNA情報からクローンを作った。クローンは子供とは言わないだろう。このサンプルは3ヶ月ほど生きられたが、その後死んでしまった」
「それは俺も知っている。一度会った。赤子だから抱いたこともある」
 あまりに平静な言い方に、クラウドは再びぎょっとした。自分のクローンを抱けるものだろうか。死んでしまったのにそんなに平然としていられるのだろうか。
「最後に。これのDNAから人工的に卵細胞を作りだし、お前の精細胞と掛け合わせる実験。これはまだ途上だ。うまくいけば、これとお前の子供ができるだろう」
「は?」
 クラウドは呆気に取られた。
「俺と、セフィの、子供?」
「……お前はいやか?」
 はっとしてセフィロスを見る。セフィロスは、不安そうな顔をしていた。
「いやとか、そうじゃ、ないけど」
 自分とセフィロスの子供ができる。考えたこともなければ、そんな話を聞いた覚えもない。
「……クラウド、悪いことは言わん。これとお前では、住む世界が違うのだ。上手くやっていけないのならば、無理に共にいる方が互いを傷つけるということもある」
 宝条の言葉を聞いてセフィロスを見る。セフィロスは唇を噛んでから、俯いてしまった。
「クラウド、すまない……。俺は俺のことで知らないことがたくさんある。……俺は実験体サンプルだ」
 なんと言えばいいのだろう。
『俺は俺について知らないことがたくさんある』
 それは屁理屈でもなんでもなく、ただの事実だった。
 セフィロスはただ、クラウドに事実を伝えただけだった。
 それが当たり前だから。異常だと思うことを思いつきすらしないから。
 可哀想と言えばいいのか。酷いことをすると言えばいいのか。言えばきっと、この人の住む世界を壊してしまう。この人は、生まれた時から、この世界しか知らないのに。
 この気持ちを表現する言葉を、クラウドは持ち合わせていない。
 だからただ、こう言った。
「セフィ、愛してる。あんたのこと、本当に愛してるよ。これからもずっと」
 セフィロスは嬉しそうに笑った。
「俺もだ、クラウド。俺にはお前だけだ」
「うん。……そうだね」
 クラウドも笑った。セフィロスみたいに、嬉しそうに笑えたかは分からないけど。
「なんだセフィロス。別れないのかね?」
「ああ、別れない。そんなことするわけないだろう?」
 残念そうに言う宝条に、セフィロスが答える。
「そうかね。……まあ良い。私は忙しいんだ、研究室に戻るぞ。セフィロス……明日から3日間、こちらに来なさい。実験だ」
 セフィロスはため息をつきつつも、頷いた。
「仕方ない。自分で出した条件だ」
 3日間も何をされるのだろうか。セフィロスは一体、研究室でどんな目に遭っているのか。
「セフィ……、3日も大丈夫か? 辛い思いをするんじゃないか?」
「不快ではあるが……別に辛くはないが?」
 きょとんとした顔をして平然と言うセフィロスの『辛くない』がどんなものを指しているのか、クラウドには分からない。だが、訊いたところで、きっと意味がないだろう。
「ん……そっか。あのさ、あんたのこと疑って、問い詰めて、ごめんね」
「ああ、本当だぞクラウド。俺を信用していないんだな、ひどい話だ」
 セフィロスが唇を尖らせる。
「俺はとても傷ついた。……キスしてくれないと許さない」
「ああ、分かった。本当にごめんな」
 セフィロスが少し屈んで目を閉じる。クラウドはセフィロスの唇に、触れるだけの優しいキスをする。

 ピピッと、宝条が部屋を出ていく電子音がかすかに聞こえた。

おわり
2023年3月23日
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