top of page

寝物語に餞

・注意!!R18 グロとまではいかないかもしれませんが、凌辱、無理やり、嘔吐、暴力の要素がありますので
 苦手な方は閲覧非推奨です。

・バイオレンスなエロと甘め?なエロと両方あるのでご注意下さい。


 

 遠くで獣の咆哮がする。あれはシガイのものだろうか。悲鳴と雄たけびが、重く閉ざされた鉄の扉越しにもかすかに聞こえてくる。
 それ以外には、自分が身じろぐたびに大仰に響く鎖の音と、自分の呼吸の音だけ。沢山の独房が並ぶこの空間は、喧噪の外界とは隔絶されている。
 不自然な静けさを保つこの場所に閉じ込められてからどのくらい経ったのだろう。窓も時計もない密室で時間の感覚が歪んでいく。いや、たとえ窓があったとしても、どんどん昼が短くなる今では時間を読み誤ってしまうだろう。
 妹は使命を果たし命を費やした。自分は、まだだ。まだ、最後の使命が残されている。
 突然、独房の並ぶ空間を隔離する扉のロックが開く電子音が響いた。ピピピ、と高い音に続いてゴォンという低い音、その次は何者かの靴音。
 聞き慣れたリズム。ふざけた足取り。それと同時に、ノイズにざらつく音がこちらに近付いて来る。
『水神の討伐に失敗し……軍は壊滅状態との情報が……魔導兵と配備に与えた被害は甚大で……その責任を問いレイヴス将軍は処刑……アコルド政府は被害者の救援に全力を………』
「さて。きみの沙汰が決まったよ、レイヴス」
 男が、ガタン! と大きな音を立てて、レイヴスの閉じ込められている格子の前に置いたものはラジオだった。
「あ~あ、君も全てを投げ打って、自分を顧みず努力したっていうのにさ。あっけなく首を刎ねられちゃうんだね……」
 可哀想にねぇ。その言葉とは裏腹の、面白くて嬉しくて仕方がないという声音が降ってくる。
「でも心配しないでよ。コレ、表向きだからさぁ。きみはもう二度と人前に出ることはないだろうけど、まぁ悪いようにはしないって。ね……?」
 男が何かぺらペら喋っているが、その内容はどうでもいいことだ。この男、アーデンが本当の事を話すことなど無いのだから。
「ねぇレイヴスくんてばぁ、聞いてる? ……まぁいいや。ここで一人寂しい思いしてるだろうと思ってさ、遊びに来てあげたよ」
「……いらん心配だ」
「あれ、まだそんな口が利けるの、凄いねぇ。……もう何の意欲もないのかと思ってたよ」 
 ここに囚われてからどのくらいになるのだろう。まだたったの一日しか経っていない気もするし、もう十日も経ったような気もする。牢の格子の向こうに立つアーデンを、レイヴスは座り込んだままぼんやりと見上げた。
「こんなとこに繋がれちゃって、可哀想に。出してあげようか?」
「……結構だ」
 水神討伐失敗後、レイヴスは拘束され、こうしてジグナタス要塞の牢に繋がれた。誰の指示かは分からない。しかし仮に皇帝の指示だとしても、アーデンが実行しない限り何も動かないのだ。だからここにこうして閉じ込められているのはアーデンのせいだ。そのアーデンが出してやるなどと、碌な事にならないだろう。
「ねえ、知ってる? もうみーんな、シガイになっちゃったよ」
 知っている。ここには自分以外、人間はもういない。
「ねえ……いつから気付いてた?」
「……指輪をはめた時だ」
 アーデンも人間ではない。
「ハッ……! つくづく、あいつらは余計な事ばかりしてくれるよねぇ」
 カツン、カツンとアーデンが格子の向こうをうろうろ歩いている。
「独りぼっちで可哀想だけど、もうちょっとだけ我慢してね。そうだ、お友達を連れてきてあげよっか。うん、それがいい。それまでいい子にしておいで」
 男は面白いことを思いついたという様子で、鼻歌交じりに鉄の扉から出て行った。再び、聞こえるのはかすかな咆哮と鎖の音だけになった……はずだった。
『メルダシオ協会です…………に……、優秀なハンターを………イチネリス………メテオを電力源と……』
「ラジオも持って行けと言うのに」
 面倒な置き土産は退屈しのぎにとの意図だろうか。うるさくてかなわないが、どうせ電池が切れたら止まる。
 レイヴスは独房の簡素な寝台に寝そべると、すやすやと寝息を立て始めた。

 

***

 

 辺り一面に炎が広がる。
『母上! 母上!!』
 自分はこの光景を知っている。叫んでも揺すぶっても、先代神凪が再び瞳を開けることは無い。レギスは、自身の神凪とテネブラエを見捨て、王子を連れて敗走する。
 今ならば分かる。レギスは人の手で息子を殺されることを阻止したが、それは将来神の手で屠らせるためであったのだと。ノクティスがルシス・チェラムを名乗る意味。ノックス・フルーレを名乗る妹とて同じだ。皆、神という存在の前にひれ伏す子羊でしかない。
 母の亡骸を抱えて泣き縋る自分に剣を突きつける男がいる。この男はニフルハイム帝国の将軍グラウカだが、ルシス王国の将軍ドラットーでもあった。王の剣のトップでありながら、王の神凪を弑したのだ。
 ドラット―。グラウカ。憎きルシスの、そして帝国の。インソムニアのために犠牲となった土地の人々の無念と怒り、悲しみを一心に背負ったその身に共感した。
 全ての悪の根源はルシスだ。人々を弄ぶ神に取り入り、クリスタルを得て繁栄を誇っている。インソムニアの繁栄とは、その人口を遥かに超えるか弱き人々の嘆きの上に成り立っている。イドラ皇帝陛下が神々を屠り、世界を人の手に取り戻せば、全ての悲劇は終わる。
 そう信じて生きてきたのに。
 そう自分を信じ込ませるしかなかったのに。母を喪い捕虜に落ち、妹を守るためにはなんとしても権力が必要だった。あのレギスの息子であるノクティスに対しては複雑な思いがあったが、妹が慕うあの王子も救わないと妹は幸せにならない。だから帝国の将校となって二人の身柄を手の内に置いておこうと考えた。
 どうせならば、指輪も自分が引き継いでしまおうとさえ思ったのだ。そうすれば残酷な運命からルナフレーナとノクティスを解放できるし、イドラ皇帝陛下におもねらずとも世界を人の手に取り戻せると思ったのに。
 無情にも指輪はレイヴスを拒絶し、驕りの代償として左腕を奪われた。そちら側にはテネブラエの紋章があったというのに。即席の帝国の腕章を嵌められた右腕のみが残され、神話の世界では、自分はどこまでも端役なのだと悟らされた。
『おい、貴様はこっちだ。早く来い!』
 王子から捕虜となった無力な少年を引きずる帝国兵。あの日見た炎は今も眼裏に焼き付いている。
 強くならなければ。力が無くては何も守れない。苦汁を舐め機会を伺いながら、遂に自分は母の仇の後を継ぎ、帝国将軍となったのだ。

 

***

 

 ガシャン、と大きな物音がしてレイヴスは眠りの世界から引き摺り出された。
 さっきのはドアが開いた音だろう。そして靴音の主はアーデンだ。なぜ分かるかというと、あの男以外ここには来ないからだ。
「あらら、お昼寝してたの? ほら、お友達を連れてきてあげたから一緒に遊んでなさいよ」
 アーデンは、レイヴスの向かい側の格子を開けると連れていた男を中に入れた。
「プロンプト君。きみ一回会ったことあるでしょ?」
 男にとっては大したことでもないのだろう、さして興味も無さそうに、レイヴスの方を振り返り問うてきた。
「お前はノクティスの……」
「そう。この子写真撮るの上手なんだよねぇ」
「あなたは、帝国の……」
「なぜ一人でここに居るんだ! ノクティスはどうした!?」
 思わず大きな声を出してしまった。プロンプトが息をのむのが分かる。
「こらこら、落ち着きなさいって。王様を呼び寄せようかなって、連れてきちゃったんだよねぇ」
 アーデンの気軽な物言いに腹が立つ。あの日、自分を引き取った時と同じような軽い口調。オレもアーデンにとっては王の従者と同じような軽い存在なのかと思うと腹が煮えるように怒りがこみ上げる。そして、そんな自分に虫唾が走った。
 認めたくない。自分はアーデンにとって特別だと思っているなどと。
「俺は今忙しくって、レイヴスくんの相手してあげらんないからねぇ。プロンプトくん、悪いけどちょっとそれと遊んでてやってよね」
 ひらひらと手を振ると、帽子を被り直しアーデンは立ち去った。

 

 向かい合う格子の中に一人ずつ閉じ込められたレイヴスとプロンプトは、互いにどう声をかけていいか分からなかった。そんな中、先に口火を切ったのはプロンプトだった。
「……ルナフレーナ様の、お兄さん……どうしてここに……」
「……レイヴスだ」
 立ち尽くすプロンプトと対照的に、レイヴスは落ち着いてた。アーデンに攫われたのだろうと想像がつくし、こうなったものは仕方がない。レイヴスは割と図太いところがあった。どっかりとその場に腰を下ろし、壁に背を預ける。
「なぜここに居るか、と訊いたな? ラジオを聞かなかったか? 俺は甚大な被害の責任を取り、処刑されるらしい」
 聞いたプロンプトの方が処刑されそうな表情をしている。当の本人は、どうせアーデンの茶番だろうと高を括っているというのに。それに、今更殺されると聞いたところでなんら不思議には思わない。だから驚きもしなかった。
「そんな……」
「敵の将軍に情けをかけるか?」
 プロンプトが唇を噛む。所詮はぬるま湯の中で生きてきた平凡な青年だ。残酷な運命と戦うような覚悟など無いのだろうと、レイヴスは退屈に思った。
「……そんな顔をするな。オレは軍人だ。いざとなればどうとでも戦う。それよりも、ノクティスはどうした」
 レイヴスの言葉にプロンプトの顔が強張った。そして状況を語りだす。
「ノクトたちと、俺だけはぐれちゃったんだ。列車の屋根から落ちて……、気づいたら帝国の研究所にいた」
「研究施設……、ホルヘクスか。何を見た?」
「……全部、だよ」
 青褪め、悲痛な面持ちでレイヴスを見つめるプロンプトと視線を合わせる。
「俺は、実のところ研究についてはあまり詳しく知らない。知ることを許されていない」
「え? だって、あなた部隊で魔導兵を使って……」
「ああ。言われるがままにな」
 プロンプトはよく分からないという顔をしている。
「何から話せばいいのやら。長くなるが、良いか?」
 レイヴスは、静かに語りだした。


***

 あの襲撃の日から、レイヴスの人生は変わってしまった。ルナフレーナの人生も。
 レイヴスはルナフレーナと共にフェネスタラ宮殿に幽閉されていた。
 日々は嘘のように穏やかに過ぎて行った。確かに自由に行動はできなかったが、実のところ、母がいた頃もフェネスタラ宮殿から出ることはあまりなかった。そういう意味で、今までと大きくは変わらない生活でもあった。ただ一つ、母が居ないことだけを除いて。
『お兄様。私、決めました。神凪を継ぎます』
 ある日、ルナフレーナが覚悟をした表情でそう言った。母は神凪だった。それを喪った世界の嘆きはいかばかりだったことか。神凪を喪い悲嘆に暮れる人々を癒したい、それが自分の務めなのだとルナフレーナは訴えた。 それならば、自分は。
『ならばルナフレーナ。俺は帝国に渡ろう』
 見開かれた大きな瞳。なんでそんなことをするのかと怒る妹を宥められるだけの言葉を、レイヴスは持ち合わせていなかった。お前のためだと言えば、妹は責任を感じ苦しむだろう。しかし神凪一族の嫡男であり、男である自分が何かを果たそうとするなら、最早他に道がない。
『分かってくれ。俺が行動するとなれば、帝国におもねっていなければテネブラエは潰される』
 妹にはついぞ理解を得られず、彼女は泣きながら部屋を出て行ってしまった。
 後日、レイヴスは、フェネスタラ宮を占領していた帝国兵に訴え、帝国に送ってもらうことになった。大きな揚陸艇が一隻、城の前にやってきた。
 衝突防止灯の赤が明滅する揚陸艇。その後部が大きく開け放たれていて、そこから延びるタラップから降り立った男が、被っていた帽子を役者のような仕草で胸に当てお辞儀をした。
『こんばんは。はじめまして、レイヴス王子殿下。私は帝国の宰相を務めるアーデン・イズニア』
 男の纏う外套が宵闇に溶け込んでいる。
『王子殿下におかれましては、我がニフルハイム帝国へのお渡りをご決断されたとのこと。皇帝陛下一同、心より歓迎申し上げます』
『帝国の宰相閣下がわざわざお出迎えにいらしたのですか』
『左様。あなた様は神凪一族の王子殿下にあらせられる。そのご身分が変わることはございません。例え属国の王族であろうとも』
 差し出された掌をじっと見つめたあと、レイヴスは男の手を取った。大柄な男の腕は逞しく、レイヴスの掌を包み込むようにして握ると、ぐいっと揚陸艇のタラップへ引き上げた。レイヴスが思わず男に縋るようによろめくと、すかさず腰を支えてエスコートされる。意外なほどにその手は温かかった。
『行こうか、レイヴス。きみの面倒は俺が見てあげるから心配いらないよ』
 男の口調が砕ける。
 これが、アーデンとレイヴスとの出会いだった。
 飛空艇が空高く舞い上がる。

 ルナフレーナは、見送りには来てくれなかった。
 

***


「それで、その後は……」
「あとはお前たちも知っているだろう。俺は帝国軍に所属することになり今はこうして将軍だ。いや、将軍だった、と言うべきだな」
 息をのむような表情でレイヴスの話を聞いていたプロンプトは、初めて聞かされる事実にじっと耳を傾けている。そして時折、質問を投げかけた。
「軍に入ったのはお兄様の意志だったの?」
「ああ。力がないと何も守れないと悟ったからな」
「自分の国を滅ぼした将軍の下にいたんだ」
「仕方なかろう。現実は厳しかったんだ」
「ごめん……」
「別に、お前が謝る必要などない」
 少しの間、互いに口を開かなかった。相変わらず、シガイの悲鳴と咆哮が聞こえる。
「ねえ、そのあと、宰相とはどうだったの?」
 プロンプトの問いに、レイヴスは少し逡巡したような素振りをみせてから、やがてゆっくりと口を開いた。
「アーデンは……、あいつは、俺の義父となった。帝国に渡った時にまだ未成年だった俺の後見人としてあいつがついて、俺は帝国宰相の養子となった」
 プロンプトは、この日何度目になるか分からない驚きに目を見開いた。
 あの日。帝国が条約を破り、テネブラエのフェネスタラ宮殿自治エリアにまで軍を差し向け襲撃したのはレイヴスが16歳の時だった。宮殿は当時の元首を喪いあっけなく陥落、そして帝国の支配下に置かれた。
「俺は、お前らルシス人の言う高校に通う年齢だった。俺とルナフレーナは学校には行かず宮殿で家庭教師から学んでいたが、まだ成人しないうちに帝国に身柄を拘束されたのでな」
『王子様もまだ子供だ。みなしごになっちゃったなぁ』
 アーデンはそう言って、レイヴスにある提案をしたのだ。
『ねぇ、いいこと思いついたんだけど。きみさ、俺の子にならない?』
 意味が分からずにぽかんとしてしまったレイヴスを見てアーデンは笑った。
『属国テネブラエの王子様なんて、帝国じゃ不遇な扱い受けるよ。でも俺の、帝国宰相の息子とあれば、そうはならないじゃない?』
 祖国とルナフレーナ様のためにも、その方が良いんじゃない? 続けられた言葉に、レイヴスは首を縦に振るしかなかった。
「こうして、俺は帝国に渡りアーデンが後見人についた。奴は俺の義理の父として、俺を士官学校に入れ教育をつけた。軍に口を利いたのも奴だった。……実質、俺は帝国の人質になった」
「人質!? なんでそんな……」
 プロンプトが驚いた声を上げるも、レイヴスは淡々としていた。
「お前が帝国に服従していないと、妹もテネブラエの民も只ではおかないという意味だ。アーデンは監視役だ。テネブラエの王子が帝国宰相の養子になる。内外にテネブラエを制圧したことを見せつけるこれ以上無いやり方だ。おまけに宰相の息子ともなれば帝国内でそれなりの地位を約束される。テネブラエをないがしろにはしないというプロパガンダだ」
『きみも力が欲しいでしょ? あの日、大事なものも守れず、ただ泣いて助けを乞うことしかできなかったもんねぇ』
 アーデンの言葉にぎりりと歯噛みするも、その通りで何一つ言い返せなかったのだ。
 力さえあれば。
 己の目的の為、自分は魂を売ったのかもしれない。祖国襲撃を計画した男の養子になったのだから。
 自分の魂なぞで妹を守れるのならば安いものだった。
 レイヴスはアーデンに言われるがまま軍属を志し、将校を目指した。
「アーデンの地位がなければ、属国の王族が将軍になどなれるはずがない」
 自らの全てを差し出して、結局、大切なものは守れなかったけれど。
 ルナフレーナ、と小さく口の中で呟き、そして、顔を上げるとプロンプトを真っ直ぐ見た。
「信じられないという顔をしているな? ……これがその証拠だ。尤も、こんなものは帝国内においてのみだが」
 レイヴスは、首元の鎖を手繰り寄せ、ぶら下がっている金属のプレートを取り出した。それを見たプロンプトが息を飲んだような顔をする。いちいち驚かれるのがなぜか癪に障った。
「レイヴス・ノックス・フルーレ=イズニア……」
「帝国内でのみの身分だ。俺はフルーレ家の人間だ」
 そのいら立つ口調は、まるでレイヴス自身に言い聞かせているように、プロンプトには聞こえた。
「……そうだったんだね。なんか、俺なんかにそんな話してくれてありがとう……」
 プロンプトはそっと、レイヴスのドッグタグを元の服の中にしまった。
「自分を卑下するような事を言うな。卑屈でイライラする」
「す、すみません……」
 見かけ通り、レイヴスは気難しいのだとプロンプトは思った。
 再び、少しの静寂が横たわる。
「ねえ」
「なんだ」
「アーデンはさ、……お義父さんとしてはどうだったの?」
 レイヴスの眉間の皺が一層深くなったことから、プロンプトは質問を誤ったことを悟った。しかし、意外にもレイヴスは静かにその関係を語りだしたのだった。
「……あいつは今も昔も変わらない。飄々として掴み処がなく、底なしの闇を感じた」
 当時はまだ、アーデンが闇そのものだとは気付いていなかったのだが。
 レイヴスが物思いに沈みかけたその時、突然、部屋の扉が開く音が響いた。
「……へぇ。だいぶ打ち解けたみたいじゃない?」
「アーデン……!」
 男が二人の牢の前にやって来た。
「それで? 続きは?」
 アーデンは面白そうにレイヴスを見下ろしているが、目は笑っていない。
 レイヴスは身構えた。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。で? 続きは話してくれないの?」
 男の前でどうやって話せと言うのか。俯いていると、どうやらアーデンの方が根負けしたようだ。
「しょうがないなぁ、じゃあ俺が教えてあげる。プロンプトくん? よく聞いてよね?」
 アーデンは、かつ、かつ、と靴音を鳴らして歩き回りながら、レイヴスとの日々の一部を語りだした。

 

 アーデンはとても饒舌に喋った。それこそ、レイヴスがうんざりする程に。
「引き取ってすぐに、お義父さんって呼んでもらおうとしたけど、この子ってば嫌だって言ってさぁ」
「当たり前だ」
 すかさずレイヴスが口を挟むと、アーデンは面白そうにこちらを流し見た。
「よっく言うよ。すぐ後からパパって呼ぶはめになったじゃない。お義父さんの方がよっぽど恥ずかしくないと思うけどねぇ」
「チッ……!」
 余計な事ばかりぺらぺらと喋る口を今すぐ封じてやりたい。
 アーデンの言った事は事実だ。レイヴスは昔、男の事を確かに「パパ」と呼んでいた。
「『父上は唯一人、亡き祖国の父親だけだ』とか言って逆らうからさぁ、じゃあパパって呼んでよって言ったんだよねぇ」
「……なんか、想像つかない」
 プロンプトの相槌に、居心地が悪くてそっぽを向いた。
「育ち盛りの男の子だからさぁ、ちゃんと食べさせて、着させて、清潔な家に住まわせて、俺ちゃあんと義父親の務め果たしたでしょ?」
 アーデンの言う通りだ。自分は帝国に居ながらもアーデンの庇護下に居られたお蔭で無事育つ事ができた。しかしそれを認めるのは癪だから無視することにする。
「学校にだってやったしさぁ。軍人になるって言うから、士官学校に入れたんだよ」
「へえ~。お兄さん、宰相に大事にされてるんだ」
 大事に。ある意味ではそうだろう。だがプロンプトの思う「大事に」とは恐らく違う。
「そうだよぉ? 大事に、だーいじに育ててさぁ、俺に忠実に働くように躾けたつもりだったんだけど、ちょっとやんちゃに育ったみたいでさぁ……」
 アーデンが鉄格子の前をカツン、カツンと歩き回る。鉄筋でできた天井の高い空間に響くその足音は妙に神経質な音を立てている。
「育て方間違っちゃったかなぁ、レイヴス……? まさか君が帝国軍を壊滅させるとはねぇ」
「……もとより、普通の親子関係とは言い難いだろうが……」
「はっ! そうだったねぇ」
 男が足を止める。そしてプロンプトに告げた。男にとって、レイヴスとはどういう存在であるかを。 
「ねえプロンプト君、知ってる? この子さぁ、もうずっと俺に抱かれてるんだよねぇ」
「……え?」
「だからさぁ、抱かれてるの。俺とセックスしてるんだよ」
「何……それ……」
「言うな!!」
 プロンプトの戸惑い焦ったような声に耐えられず、思わず声を荒げた。アーデンは構わずに続ける。
「そんなにびっくりすることかなぁ? だって血の繋がりは無いんだし、今時同性間ったって珍しくもないでしょ。あ、そうだレイヴス君、プロンプト君の前で抱かれてみる?」
「……ふざけるな……!!」
 気丈に抵抗するつもりが、唇を震えて弱弱しい声が出た。忌々しいことだ。
 レイヴスが俯いて唇を噛み締めていると、プロンプトがぽつりと言った。
「……それは、お兄さんも望んでることなの……?」
 尤もな質問だ。そのあまりの純粋さにレイヴスは泣き笑いのような顔をした。嫌だった、などと言うのはあまりに卑怯だろう。
「……ああ、そうだ。望んだ。……この男との関係を強固なものにし、地位を得てルナフレーナを……!」
 レイヴスの悲痛な訴えは男の不機嫌な声に遮られた。
「だまれ。二言目にはルナフレーナ、ルナフレーナって。全く麗しい兄妹愛だねぇ、反吐が出そうだ」
 アーデンが怒った表情でレイヴスを一瞥し、それから続けた。
「帝国の魂胆はこう。テネブラエを手中に収めるためには王族の存在が邪魔だ。だが、殺したりしたら民心の反発を食らうだろう? だから飼い殺して、その血筋を絶とうってね。あ、言っとくけど、これ俺は関係ないからね? 皇帝陛下のご意向」
 イドラ陛下もえげつないよねぇ。再びうろうろと歩き回るアーデンは、相変わらず勿体つけた喋り方をする。その声音とは裏腹にとてもつまらなそうだ。レイヴスは唇を噛んだ。
 アーデンの言った通り、帝国は属州であるテネブラエの姫ルナフレーナをルシスに嫁がせることで、ルシスとテネブラエを同時に手中に収めようと画策した。フルーレ家と王家を一つの家にしてしまい、属国の姫が嫁いでいるという名目で王家にも影響力を及ぼそうとしたのだ。こうすれば神凪と王をも帝国の支配下における。帝国からすればこれ以上美味しい話はないだろう。
 しかし、この計画では一つ邪魔になる存在がいる。それがレイヴスだ。
「レイヴスくんはさぁ、第一王子様じゃない? いくら俺の養子になったと言っても、やっぱりテネブラエではルナフレーナ様の次に地位が高いからねぇ。お世継ぎ様を作っちゃったりされると、計画が水の泡になるってことで、皇帝陛下も色々考えたみたいだよ」
 レイヴスに子供を作らせる訳にはいかない。或いは子を成したとしても、それがテネブラエの世継ぎではいけない。帝国はレイヴスを監視下に置き、自由な行動を許さなかった。
「女性と知り合う機会も与えなかったし、彼と接する人間はみんな帝国側で選んだ人だった」
 仮にそういう関係になったとしても、帝国に都合のいい家柄、つまり、帝国の名家の家の娘であれば、レイヴスはその名家の婿として、帝国人として生きさせることができる。
「ま、帝国が選んだって言っても、実際は俺の独断だったんだけどねぇ」
「……お義父さんの許可した人としか口もきけなかったってこと?」
「プロンプト君、正解!」
 アーデンが、格子越しにレイヴスを見下ろす。
「ま、君クソ真面目で女性と仲良くなんてできなかったけどねぇ」
「貴様があること無いこと吹聴して回ったからだろう」
「あれ、何、君女の子抱きたかったの?」
「誰もそんなことは言っていない!」
 本当に腹が立つ。いつだってこうやって揶揄い、愚弄し、弄ぶのだ。
「あぁ、どんな事を言ったのか、プロンプト君も知りたいよね? 要はこの子は俺が手籠めにしてるって噂を流したんだよ。ほら、この子はこの器量だろう? 悪い虫がつくといけないと思ってね」
 さも親切からの行動のように言わないで欲しい。この男はただ自分を弄んだだけなのに。
「皇帝陛下がレイヴス君も幽閉するべきだって心配するからさぁ。そんなことしなくても俺が直々に監視するし、実は手籠めにしてあるから跡継ぎを作る心配はない、いざとなったら去勢するって手もある、って説得してあげたんだよ。だってかわいそうじゃない? 軍に入ってルナフレーナ様を守りたいって言ってるのに、妹と引き離されて閉じ込められるなんて、さ」
「……閉じ込めておくか、去勢するか。貴様らは俺を家畜のように扱った」
「だからその分俺が大事にしてあげたでしょ? 抱くときだって優しくしてあげたじゃない」
 プロンプトには今更もう何も隠せないだろう。この男は全部喋るつもりだ。
「……この子はさ、俺の神凪なんだ。俺にだって神凪が必要だろ?」
「え……、何、どういうこと?」
 プロンプトの問いに、アーデンはうっそりと微笑む。
「それはいずれ分かることだから今はまだ秘密にしておくけど。とにかく、これは俺のなんだよ。俺に忠実に働くように躾けたって言うのにさ」
「……俺には俺の、使命がある」
「ふん、使命、ね」
 アーデンは格子の向こうから話しかけるばかりだったが、突然、おもむろにそのロックを解除した。ピピピ、という軽い電子音の後に、ガコンと大きな音を立てて格子の入口が開く。
 アーデンがレイヴスの居る格子の中に入ってきた。
「ねえ、これは俺の物なんだ。おかしな真似しないようにって皇帝から監視を仰せつかってたんだけど、時々見逃してやったりしてね、俺の物として大事にしてきたんだよ。……それなのに、ちょっと目を離した隙に軍師殿と組んで帝国軍を壊滅させるわ、王子のことを殺そうとするわ、ほんと嫌になっちゃうよ」
 ノクティスの下りで、プロンプトが息を呑んだのが分かった。
「あ、そうそう、王子とケンカした後はきつーいお仕置きをしてやったっけねぇ。覚えてる? 揚陸艇の中でさぁ」
「言うな!」
「ははは、何でよ良いじゃない? 揚陸艇の中で速攻抱いてやったよ。延々ハメてやったけどイかせてやんなかったら最後泣き出してねぇ」
「黙れ!!」
 いやあれは可愛かったなぁ、などとほざいているこの男の口を封じたいのにそれが叶わないことを、今程厭わしく思ったこともないかもしれない。
 レイヴスは帝国の人質だ。だからアーデンの言った通り、皇帝は自由な行動など許さなかった。国外はおろか、帝国領内であっても自由な移動は制限された。帝国外に出るときには必ず監視がつき、任務の時には大抵アーデンが同行した。
 ノクティスが水神との誓約にアコルドに向かった折も、レイヴスはアーデンと行動を共にしていた。視察中も、カメリア首相との面会時も単独での行動は許されなかった。
 しかし、ルナフレーナに面会する時は何とかアーデンを出し抜くことができた。妹にこっそりと会い、指輪を自分の手で託すよう励ました。
 だがそれも、今となっては全てアーデンの手の内だったのではないかと思える。男は時折レイヴスから目を離した。そして好きにさせておきながら、抜群のタイミングで現れるのだ。まるで全てを見透かしているかのように。
 格子の内に入ってきたアーデンを警戒しながら睨み付けていると、突然、背後に回った男に伏せの体勢で組み伏せられた。
「ッ……!? な、何をする……!?」
「何って、折角だからプロンプト君にも見せてあげようと思ってさ。きみが俺に抱かれてるとこ」
 その言葉に一瞬にして血の気が失せた。
「な……!? や、やめろ! 離せ……!」
 必死になってもがき、圧し掛かる体の下から這い出そうとするも、体勢的に有利であるアーデンに体重を掛けて押さえ込まれ敵わない。
「きみの考えることなんてぜーんぶ、俺の手の内なんだよ。テネブラエに帰った時に何をしてたのか、アコルドでルナフレーナ様に会えたのか、そんなの全部知ってるんだよねぇ」
 男の手がレイヴスの体の前に回ってくる。ごそごそと体をまさぐられ、手探りでコートの前留めを外された。
「おい……ッ!」
「俺はやるって言ったらやるよ? ……可哀想にねぇ、将軍になったって言うのに自分の揚陸艇さえ与えられず、いっつも監視されて、その手でルナフレーナ様を捕らえるように命令されてさ。泣き虫だった君がこんなに逞しくなってねぇ」
「黙れ!!」
 レイヴスの恫喝などまるで男の耳に届かない。愉快そうな笑みを含む声が耳元を擽る。
「君だってある意味軟禁されてたんだよねぇ? 自由なんてなくて、いつだって帝国の鎖に繋がれて」
 アーデンの手は完全にレイヴスのコートの前を開いた。次にボトムの前をまさぐられた時には死ぬ気で暴れた。
「ほんっと手がかかるねぇ! 俺聞き分けのない子は嫌いだよ!」
「あう……ッ!」
 アーデンがレイヴスの頬を平手打ちした。分厚い手に思い切りぶたれて一瞬気を失い、続いて口の中に鉄の味が広がる。
「プロンプトくんよーく見てなよ。これが俺の下でどんな風に啼くのか、その目と耳にしっかり焼きつけな」
 ボトムを降ろされ臀部をむき出しにされる。割れ目に数回アーデンのモノが擦りつけられる。それは既に十分な硬度を持っていた。
「やめろ! 嫌だ! やめろ……ッ!!」
 うるさいなぁと興奮した様子のアーデンがうんざりと吐き捨てた。
「力抜いてろよ……っ!!」
「アウッ……!! ぐあ、あ……!!」
 抗議も虚しく、慣らしもなくいきなり怒張を突き込まれレイヴスの息が一瞬止まった。最奥まで一息に貫かれると、ひゅうひゅうと喉からか細い悲鳴が漏れる。手指が白くなるくらいに力を入れて目の前の格子に縋り、激痛に耐えるしかなかった。
「ほら緩めろ。動けないだろ?」
「あ、が……!」
 後ろから前髪を掴まれて、項垂れていた頭を強引に上げさせられた。涙に滲む視界の向こう、格子を二枚隔てた先に恐怖に引き攣ったプロンプトの双眸がある。
「み、るな……みる、な、あ! あ、ああぁぁ――――!!」
 レイヴスが半狂乱で叫ぶ。衣服を乱され下半身をむき出しにされて、男に凌辱される様を見られている。帝国将軍であった矜持も、神凪一族の者であるプライドも、そして男としての自覚も何もかもを壊される。
「嫌だ! やめろぉ!! 見るな! あ、やぁッ! ひぃっ……!!」
 ガンガンと腰を使われて苦しくて仕方ない。
「この子ってばこんなに乱暴にしても感じるんだよ、変態だろう? ほら、もう勃起してる。あぁ、先っぽ濡れてるねぇ。後ろも切れもしないし、淫乱だと思わない?」
 アーデンの右手に性器を捕らえられ、ゆるゆると擦られる。ぬちゃっと濡れた音を立てるそこが、こんな仕打ちを受けているというのに喜びの涙を流している。レイヴスの中に己への嫌悪感が沸き上がった。
「あぐ……っ! あが……! う、うえ……げ……ッ!」
 あまりの恐慌にレイヴスは貫かれたまま吐いた。吐瀉物を巻き散らかしながらも尚、男の凌辱は止まない。
「あ~あ、汚いね、全く。プロンプト君見て、この顔。涙と涎とゲロにまみれてさ」
「ひ……どい……、何でこんなこと……」
「酷い、か。今更だろう? それに俺はもっと酷い目に遭ってきたんだ。……ねえ、俺たちみんな同じだよね?弾かれた王にルシスに盾突く神凪、それから失敗作の魔導兵! 全員成り損ないだねぇ!」
 アーデンが激高しているのが分かる。だがレイヴスにはもう何かを言う体力は残っていなかった。アーデンとプロンプトの声が遠くなっていく。
 レイヴスはそこで意識を手放した。

 

 力任せに突き上げていた体がふいに脱力した。
「おっと」
 レイヴスが格子に縋ったままでずるずると力を失い頽れたのだ。
 アーデンはずるっと己のモノを抜いた。太い杭を喪った後孔は中の粘膜を赤々と晒し、そこから垂れた白濁が太腿に伝った。
「あーあ、ねんねしちゃった、しょうがないなぁ」
 アーデンが指を鳴らすと、魔導兵が二体やってきた。それらはレイヴスの体を抱えると牢屋から運び出す。
「ここも綺麗にしとかないとだ」
 再び合図をすると、また別の魔導兵が現れる。アーデンの指示でどこかへ行き、少しして、掃除道具を持って戻ってきた。そしてレイヴスの吐瀉物に汚れた床を清め始める。
 さっきレイヴスを運んで行った魔導兵は、今頃アーデンの私室でレイヴスの身を清めてくれているだろう。「じゃあね、プロンプト君。俺はあれの面倒見なくちゃいけないから、さ。ああ、もう少ししたら王様が迎えに来てくれるんじゃないかなぁ? あ、でももうちょっと時間かかるか。ご飯は後で運ばせるから」
 アーデンが踵を返し立ち去ろうとした時、プロンプトから声を掛けられた。
「待って! あ、あの、お兄さんは無事なの!?」
 その言葉に、己の中に明確な嫌悪が沸き上がるのを知る。
「……何、敵の将軍が気になるの?」
「え、あ、あの……」
 アーデンは再びプロンプトの方へ向き直り、そしてつかつかと大股で格子の前へ戻った。アーデンに睨みつけられ、プロンプトは怯えたような顔をした。怒りの空気に気圧されでもしたのだろう。これだから腰抜けは嫌いだ。
「お前ごときが心配する必要なんてないよ。あれはお前らと違ってぬくぬく育ってきた訳じゃない。自分の身くらい自分で守るさ」
 自分で傷つけておきながらこんなことを言うのもおかしな話だ。だが、これがアーデンの本音だった。あれは軟弱な男ではない。見縊って貰っては困る。
 アーデンは言い捨てると、今度こそプロンプトに背を向けその場を後にした。鉄の扉が閉まる音の後、部屋の中には再び静寂が訪れる。
 時折、遠くからシガイの咆哮だけがかすかに聞こえてきた。


***


「気持ち悪いのは落ち着いた?」
 ジグナタス要塞内のアーデンの私室。その寝室にある広いベッドで、アーデンはレイヴスを抱いていた。
 プロンプトを一人残して牢のある部屋を後にし、アーデンが私室に向かうと既にレイヴスは綺麗にされてベッドで横になってた。それに気を良くしたアーデンは羽織っている上着を脱いで、そっとレイヴスに覆い被さったのだった。
「さっきは酷くしたからさ、今度は優しくしてあげるよ」
 一糸纏わぬ姿で仰向けに寝ているレイヴスがそっと瞼を持ち上げる。左右異なる色の瞳がアーデンを映している。
「ねえ、もう一度パパって呼んでくれないかなぁ」
 きっと今夜が共に過ごす最後の夜になる。明日になればこの子はきっと自らの使命を果たしに行くのだろう。例えその場が処刑台になると知っていても。
 抱き締めた体は温かくて、アーデンの孤独をも溶かすようだ。
「は……、レイヴス……ッ、俺はさ、お前をちゃんと大事にしていたよ」
 ノクティスに取られたくないと思う位には。
 レイヴスは答えなかった。ただ、揺すぶられるままに熱い吐息を零し、時折かすれた喘ぎ声を上げた。息を詰めるのは、いい所をアーデンの切っ先に擦られるからだろう。
「ねえお願い、もう一度で良いからさぁ、俺のことパパって呼んでよ」
 パパ。何もかもを奪われたレイヴスはかつて、己の目的を果たすためにアーデンをそう呼んだ。全てを無くし、アーデンに縋るしかなかった哀れな神凪。あの頃、彼は確かにアーデンの側に居たというのに。
 祖国を奪い母を弑した侵略作戦、それを計画した男を父親としての呼称で呼ぶ屈辱は如何ばかりだっただろうか。そういう悔しさ、やるせなさを抱えながらも気丈に振舞うこれがとても好きだった。
「俺さ、お前に良いようにしてやっただろ? 何も不満なんてないだろ?」
「……アーデン」
 アーデン。ああ、この子は自分を唯一人の男として呼ぶのだ。宰相でもイズニアでもなく、アーデン、と。
 こんな気持ちは邪魔になるだけだ。気付くつもりなどなかったと言うのに。
「かわいい息子が腕を無くしちゃってさ……。義父としては、なんとかしてあげたいじゃない?」
 レイヴスの左腕をそっと撫で上げる。それはアーデンからレイヴスへの最後の贈り物だった。かつてアーデンの運命を狂わせた、プラスモディウム変異体を原動力とするとっておきの義手。俺とお揃いで嬉しいだろう?
「は……っあ! あぁぁ―――ッ!」
 レイヴスがひと際大きく体を震わせて達する。後孔が熱くうねって締め付けてきて、アーデンも息を詰めて中に注ぎ込んだ。

 

「……君は最後まで反抗期だったね」
 疲れ果てて眠るレイヴスからの応えはない。規則的に上下する胸元を酷く穏やかな気持ちで眺めていた。
 レイヴスには最初、テネブラエの襲撃はグラウカ将軍が皇帝に進言して決めた事で、自分は何も関わっていないと嘘をついた。彼は、当初は警戒しながらもその言葉を信じ、そして随分と長い間そう思っていた。
 しかしそんな嘘もレイヴスが大人になり、階級が上がったことで剥がれ落ちた。准将になり、全ての情報にアクセスできるようになった事が決定打だった。
 それまでは胡散臭く思いながらも、何かと便宜を図ってやったアーデンのことをそれなりには信頼していたらしい。だから真実を知った後の彼の態度の変化は顕著だった。
 今思えば、なぜそんな嘘をついたのかアーデン自身にも分からなかった。ただ何となく、この子には嫌われたくないと思ったのだ。
「あ~あ、いよいよ計画も大詰めだってのに、なぁんでこんな気持ちになるのかねぇ……」
 感情など、とうに無くしたと思っていたのに。
「困ったことがあったら何でもパパに言いなさいねって言ったのにさ。……従順に育てたはずが、まったく不良に育ったもんだねぇ」
 アーデンに隠れて光を求めるようになってしまった。一度目は自らが闇を払おうと指輪を嵌めた時。二度目は、きっと明日だ。
「……パ、パ……、お話しして」
 突然レイヴスが呟いて、アーデンはぎくりとした。
 ……なんだ、寝言か。
 まだ帝国に来て間もない頃、レイヴスは寝物語を強請ることが多かった。古今東西の話を聞けるのが面白かったらしい。彼は単に自分を博識なのだと思っていたようだが、何のことはない、全て自分が見聞きしてきたことだった。
「……あれ、嫌だなぁ、もう……」
 これは寝言だ。分かってるというのに、頬を涙が伝った。
「……なーんにも知らないままでいればよかったねぇ。そうしたら君を光の中に還すことも無かったのに、さ」
 ねえ、君も俺を置いて逝くの? 王様の方を向いて、神々に従って。
 アーデンは、寝息を立てるレイヴスに腕枕をしてやる。そして昔と同じように、繰り返し語ったフレーズを口にする。
「もう今は昔のことだけど。一人の男がいた。彼はルシスの初代王だった……」
 昔々、人々を助け、そして穢れ、王位から追い落とされた王の話。最後はいつだってこう締め括った。
『そういう訳で、ルシス人は狡賢いから君も気をつけないといけないよ。レギスだってそうだ、君たちを見捨てて逃げただろう』
 この子まで、俺の腕から奪おうというのか。
 そんなの認めないよ。


 この夜が、明けなければいいものを。

Fin

​20170426

bottom of page