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アデレイバレンタイン

 

 それは二月のことだった。
 この日オフであるレイヴスは、妹であるルナフレーナと一日過ごすためフェネスタラ宮殿に戻っていた。時には晩餐館も開かれる広いホールではなく、家族や使用人が食事に使うためのリビングで、紅茶を片手に新聞を読んでいる。
 すると、隣にあるキッチンから何やら甘い香りがしてきたので、読んでいた新聞から目を上げた。新聞をテーブルに置くバサリという紙の音とともに、義手の金属質な音が鳴る。レイヴスは立ち上がりキッチンへと向かった。
「何をしているんだ?」
 レイヴスがひょっこり顔を出すと、そこではルナフレーナが何かを作っていた。
「あら、お兄様。ノクティス様にお渡しするチョコを作っているんです。明日はバレンタインデーですから」
 バレンタイン。そう言えばそんなイベントがあった気がする。軍務に追われてすっかり忘れていたが、昨日帝国の女性職員たちがそんなような話をしていたかもしれない。
 ルナフレーナは流れるような手慣れた所作でチョコレートを溶かしている。そしてその手をふと止めると、レイヴスの方を見てこう言った。
「お兄様は宰相様にお渡しにならないのですか?」
「……は?」
 いやですわ、おとぼけになられて、と言ってルナフレーナはころころと笑った。
「だから、チョコレートです。宰相様に」
「な! なぜ俺があいつに……!」
「配偶者、恋人、それから、友人や同僚、職場の人にお渡しすることもありますよ。義理チョコってやつです」
「俺はあいつに義理などない!」
「ふふふ、照れてしまわれて。作り方を教えて差し上げます」
「だから俺は……ッ!」
 ルナフレーナはレイヴスの抗議など一切取り合わず、さっさと自分の予備のエプロンを兄に着けさせると、湯煎している鍋にチョコレートを追加する。
「私はトリュフを作ろうと思っています。お兄様も、中に何か入れられるようなチョコレートになさいますか?」
 レイヴスはそこで考える。
 そうだ、あいつに渡すチョコレートに日ごろの恨みを込めてやろう。ククク、甘いと思って口に入れたチョコレートから思いもよらないものが出てきたらさぞかし驚くであろうな!
「ああ、そうする」
 レイヴスは妹に答えると、冷蔵庫をがさがさと探る。そしてお目当てのものを見つけると、満足そうな顔をして取り出したものをキッチン台に置く。
「……お兄様、何をしているんですか?」
「チョコレートにはこれを入れる。ロシアンルーレットだ」
 全く仕方がないなとばかりに、ルナフレーナはため息をついた。

 翌朝レイヴスは、喜び勇んで帝都グラレアに戻る支度をしていた。帝国の宰相、アーデンに日頃の嫌がらせの仕返しができると思っているのだ。そんな様子を見てルナフレーナは、侍女に手伝われながら身支度をするレイヴスに声を掛ける。
「お兄様、本当にあれを宰相様にお渡しになるのですか?」
「何か問題があるか?」
「……いえ」
 身支度を終えて荷物を持ったレイヴスは、宮殿の扉の前で立ち止まり、振り返って妹を見た。
「ルナフレーナ、留守中、困ったことがあればマリアに言うのだぞ」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。では、お気をつけて」
 レイヴスは一瞬だけ妹に笑いかけると、フェネスタラ宮殿を後にした。
「全く、お兄様ったら本当に素直じゃないんだから……」
 ルナフレーナは閉まった扉を見つめながら一人ごち、そしてふと思い出したように自室へと慌ただしく戻った。

 「……これはまた、どういう風の吹き回しかな?」
 仏頂面のままのレイヴスから、顔の前にずずいと出された小さな箱を見て、帝国の宰相であるアーデンは大げさに驚いた仕草をして見せた。
 レイヴスは、揚陸艇が帝都グラレアの空中に浮かぶジグナタス要塞に着けられると、真っ先に宰相のいる執務室へと向かった。そして、部屋へ入るや否や、こうして宰相に昨日作ったものを差し出したのだ。
「……見ての通り、バレンタインのチョコレートだ」
 苦虫を噛み潰したような顔をして自分にチョコレートを渡すという全く意味不明な行動をする将軍に、宰相は声を上げて笑った。
「なに、それ俺にくれるの? どういうこと? ってかこれ本命チョコ?」
「な……ッ、バカなことを言うな!!」
「へえ、その様子じゃ男にチョコを贈る意味はちゃんと理解してるんだ?」
「気持ちの悪いことを言うな! それは残りの……」
 レイヴスはアーデンの軽口に顔を赤くして怒る。
「……残り? じゃあ他の誰かにあげたの?」
 今まで機嫌よく見えていたアーデンが、突然怖い顔をして冷たい声を出したので、レイヴスは思わず言ってしまった。
「違う! それはルナフレーナが作ったものの残りで……」
「他の人間にはあげてない?」
 尚も問い詰められ、レイヴスはこくこくと頷く。それを見てアーデンは、今までの氷点下の冷気は一体何だったのかという変わり身の速さでにっこり笑った。
「そっかぁ。じゃあ、これは本命チョコだね、ありがと〜」
 はたとレイヴスは気づく。これは単にまたアーデンの調子に乗せられていただけだ! しかし今日はそうはいくまい! チョコをさっさと口に入れてしまえ!
 レイヴスは怖い微笑みを浮かべないよう注意を払い、努めて平静を装いながらアーデンを促す。
「今、食べないのか?」
「ん?」
「味をみないのかと言っている」
 レイヴスの言葉に、アーデンは芝居じみた仕草で驚いて見せた。
「え〜! 『おねがい俺の目の前で食べて』って〜? しょうがないな〜、可愛いねぇ」
 カチンと来たがレイヴスは耐える。そして、今か今かとアーデンがチョコレートを口に入れるのを見守っている。
「ちゃんと可愛くラッピングまでしちゃって〜。リボンはピンクだしね〜」
「だからそれはルナフレーナの……!」
「はいはい」
 アーデンはレイヴスの主張など聞いていない様子で、箱の中に収められているとても歪な形のチョコレートを一つ摘むと、口の中に入れた。
「……うん、なかなか美味しいね」
「……!?!?!?!?」
 レイヴスはあっけに取られてしまった。
 このチョコレートが美味い訳がないのだ。だってレイヴスは中身にウィスキーやジャムの代わりに、世界でも辛いことで知られる香辛料、わさび、からし、とうがらしをそれぞれに入れたのだ。
「もう一ついただくよ」
 そんなレイヴスの驚愕を他所に、またしてもアーデンはぽいっと口にチョコレートを放り込み、全く何事もないような顔でもぐもぐと咀嚼している。
 こいつはやはり化物か何かか……! 或いは味が分からないんだろうかーーーー。
「さて、ごちそうさま、将軍」
 三つあったチョコレートを全て腹に収め、「将軍」のところを殊更ゆっくりと言ったアーデンにレイヴスははたと我に返る。
「く……口に合ったのならば良かった。それでは……」
 作戦は失敗だ、ここは早く退散しようと、レイヴスが踵を返した時だった。右の二の腕をアーデンにしっかりと掴まれてしまった。
「で、レイヴス。きみはチョコレートに何を入れたのかな?」
 レイヴス。アーデンは呼び捨てにした。この呼び方をされるのは、ベッドの中か、或いは怒られる時だ。恐る恐るレイヴスがアーデンを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた男がいた。
「……いや、貴様は甘いものが苦手かと思ってだな」
「ん? 何を入れたって?」
 レイヴスの顔が引き攣るのと対象的に、アーデンは綺麗な笑みを浮かべている。一切の言い逃れを許さないといったその気迫に、レイヴスが一歩、後退る。
「わ……わさび、と、からしと……唐辛子……」
「あー、ひどい。そういうことする〜?」
 アーデンは掴んでいるレイヴスの腕を引き寄せると、背後からゆっくりとレイヴスの体を抱きしめた。
「そーいうおいたする子には……お仕置きだよ?」
「ッ……」
 抱きしめられ、わざと耳元で低く囁かれて、レイヴスの背筋に悪寒にも似た痺れが走る。
「は……なせっ!」
 体を捩り、腕を振りほどいてレイヴスはアーデンから逃れた。アーデンはニヤニヤと笑ったまま、レイヴスを優しいとも言える視線で見つめる。
「……そう言えばさぁ、きみ宛にもたくさん届いてるよ? チョコ」
 俺もたくさんもらったしね〜と軽い調子で言いながら手をひらひらと振るアーデンに、レイヴスは改めて踵を返し背を向けて、つかつかと部屋を後にした。

 レイヴスは、グラレアにも自室を充てがわれている。それは利便性を考えてともう一つ、テネブラエの王族である自分を監視下に置くためでもあるとレイヴスは理解している。
 この日仕事が終わったのは、夜の九時を少し過ぎた辺りだった。朝から一日働き詰めで疲れていたので、部屋につくなりすぐに風呂に入った。体を洗って湯船に浸かり、今日一日を振り返る。
 アーデンに嫌がらせをしたつもりが、全く応えた様子がなかったのでたまらなく癪に触る。せっかく良い意趣返しになると思ったのに。それどころか、今度は何か仕返しをされるかもしれないと思うと、ますます嫌な気持ちになった。
 夕食は済ませているから、本でも読んで寝ようと思いながら、レイヴスは浴室を出る。髪から滴る水滴を拭いつつ、寝間着に着替えてリビングへと移動した時だった。
「やぁ、お仕事お疲れさま」
 赤い髪の、今一番会いたくない人物がそこにいた。レイヴスに充てがわれた部屋だというのに我が物顔でソファで寛いでいる。レイヴスはため息をつくと、アーデンのことは見なかったかのようにソファの横を通り過ぎようとした。
「ちょっとちょっと、無視しないでよ」
 鍵はいつだって掛けている。それでも、この男、アーデンにとっては無駄な抵抗なのだ。最初の三回までは鍵を交換した。しかしいくら鍵を変えても、アーデンはいつも黙ってレイヴスの部屋に入ってきた。
 そのうちにレイヴスも諦めた。この男のことだ、単なる嫌がらせかもしれないし、ちょっとしたおふざけのつもりかもしれないし、はたまた監視しているのかもしれないし。
 きっとその全てなのだろうとレイヴスは考えていた。
「さっきのチョコのお礼にね、良いものを持ってきたんだ。一緒に飲もう」
 顔の前に、酒と思しきボトルを掲げて笑ってみせるアーデンに、レイヴスは仕方なくグラスを二つ用意した。
「これ、チョコレートリキュール。きみ、甘いもの好きだもんねぇ」
 アーデンの向かいに腰を降ろすと、素直にグラスを持って酒を注がせる。ここで反発したって無駄だということを嫌というほど思い知らされている。
「……安全なのだろうな?」
「大丈夫だよ、ほんとにただのお酒だからさ」
 ニコニコと機嫌よくいうアーデンを訝しみつつも、ふわりと香るいい香りに誘われて、レイヴスがグラスに口を付ける。
「……美味い」
「でしょ? レイヴスくん、好きだろうと思ってさ〜」
 レイヴスは立ち上がり、冷蔵庫から牛乳を出すとマグカップに注いだ。そしてそこにチョコレートリキュールを入れ、アーデンを見やる。言葉なく、お前も要るのかと問うているのだ。
「俺ももらうよ」
 レイヴスは同じようにもう一つのマグに作り、まとめてレンジで温めた。ほかほかと湯気を立てる温めたミルクとチョコレートリキュールは、口をつければ体が温まり、レイヴスの緊張を解した。
「温かいのもいいね」
「ああ……」
 マグに一杯分を飲み終えたところで、アーデンは更にレイヴスに酒を勧める。
「あんまり割らないで、このままでも飲もうよ」
 先程のグラスにリキュールを注ぐと、レイヴスに手渡した。レイヴスは大人しく受け取ると、グラスに口をつけた。
 暫くすると、レイヴスの目がとろりとし始める。アーデンは内心ほくそ笑んだ。
 レイヴスが酒に弱いことは知っている。それを利用して今夜は抱こうと思ってこの酒を持って来たのだ。チョコレートの濃厚な香りと味に誤魔化されているが、このリキュールは結構強い。レイヴスが酔うようにチョイスしたのだった。
「レイヴスくん、眠いの? ベッド行く?」
「ん……」
 とろとろと眠気に負けそうになっていて、しかも酒に酔わされたレイヴスはアーデンの成すがままだ。脇の下に手を入れて、抱えるようにしてベッドに連れて行っても全く抵抗しなかった。このまま頂くのは造作もないことだと、アーデンが計画の成功に満足したその時だった。
「ん……あーで……あつい……」
「え……?」
 とろんとした瞳のレイヴスが、自分から着ている寝間着を脱ぎ始めたのだ。
「ちょ、ちょっと、どしたの!?」
「あつい……」
 あっという間に上下を脱ぎ捨て、下着一枚になってベッドに潜り込もうとする。
「ちょっと待って、お布団被るのは後だよ」
 アーデンはレイブスを仰向けに寝かせると、手早く下着を脱がせる。レイヴスは産まれたままの姿になった。
「んぅ……」
 アーデンはゆっくりと覆いかぶさり、組み敷いた相手に深いキスを与える。レイヴスはされるがままにうっとりと目を閉じ、大人しく舌を吸われている。ちゅく、と音を立てて、唇同士が離れた。
「もっと……しろ」
 目を開いたレイヴスの強請る言葉にアーデンは目を丸くした。
 確かに、レイヴスを酔わせて頂く算段だった。しかしそれは無抵抗のレイヴスを抱こうとしていた訳で、まさか積極的に自分から求めてくるなんて思わなかった。
「嬉しい誤算だけど……他の人の前で酒を飲んだらダメだよ……?」
 こんな姿他の男には見せられないなと思いつつ、アーデンはレイヴスの求めに応じた。
「ん……」
 再度アーデンが優しく唇を吸ってやると、レイヴスが腕を首に回して縋り付いてきた。その手の動きは、どうやら上着を脱がそうとしているらしい。
「えらい積極的だねぇ」
「あーでも、脱げ……」
 アーデン、という名前を舌っ足らずで呼びながら、自分に覆いかぶさる男を見つめる姿はいとけなかった。 
 アーデンは自らも衣服を脱ぎ落とすと、改めてレイヴスに覆いかぶさる。レイヴスは素肌が擦れ合うのが気持ちいいようで、アーデンの首筋に顔を埋め、すりすりと頬ずりしてくる。
「ひげ、ちくちくする……」
「ごめんね、夜になって伸びてるんだよ」
 アーデンの答えに、レイヴスが面白そうにクスクスと笑う。いつも眉間にシワを寄せている彼のこんな顔を見られるのは本当にまれだ。
「ん……あ……あーでん……」
「うお……こら、おいたをしないの」
 クスクス笑ったまま、レイヴスがアーデンの急所を膝でぐりぐりと撫でてくる。こんな誘い方をするとは思わなかった。というか、酔っ払ったらこんな風になるなんて、今まで酒席ではどうしていたのか。
「きみ、もしかして魔性ってやつかな? 今までこんな顔見せてくれなかったじゃない。ん?」
 まるで子供を甘やかすような口調で囁きながら、髪を撫でて可愛がってやる。そのうち、徐々に首に回された腕が力をなくして、重さを預けてくる。
「……って、ちょっと、レイヴスくん? レイヴスー?」
 組み敷いた肢体の可愛らしい反応と仕掛けられたイタズラのせいで、アーデンのそれは既に兆し始めていた。ところがレイヴスときたら、それまでニコニコと笑っていたくせに、なんと瞼を閉じて眠ろうとしていた。
「ちょっと勘弁してよ、これどうすんのよ……」
 哀れな宰相のことなど構わず、レイヴスはとろとろと心地よい眠りの中に旅立った。

 朝、レイヴスは意図しない温もりの中で目覚めた。とても温かくて、気持ちがよくて、いい匂いがする。その温もりに擦り寄ると、それが動いて自分の背中を抱きしめる。
 何かおかしい気がして目を開けた。
「!?……な、なんだ!?」
 すると目の前には無精髭の壮年の男の寝顔があった。レイヴスはわたわたと驚く。おかしい、昨日は抱かれた覚えがないが……待て、昨夜何があった?
「アーデン、貴様、何をしている!」
「んん〜うるさいなぁ……おはよ、将軍……」
 レイヴスはすぐさま布団から這い出ようとしたが、後ろから伸びてきた腕に肩を捕まれ、再度背中から抱き込まれてしまう。
「今日はきみ休むんだよ、連絡入れておいてあげたから……」
 むにゃむにゃと寝ぼけた声でほざいて再び眠ろうとした男の足を、レイヴスは蹴って抗議する。
「一体何事なんだ! 何を勝手に……!」
 これにはアーデンもたまらず仕方なく起き上がった。そして、昨夜の顛末を語り始める。
「覚えてないの? 昨日レイヴスくんが可愛く誘ってくれたのに、途中できみ寝たんだよ!」
 全く、サイテーだよねーと非難するアーデンを他所に、レイヴスは大混乱を起こした。
 自分が男を誘っただと!? よりによってこの宰相を!? 嘘だ、俺は断じて信じない! どうせまたこいつが勝手に話す作り話だ。
「あれぇ、信じてない? ホントだよ~? きみ、暑いって言って自分で服脱いで、俺の服も脱がそうとして、よりによって俺の息子を膝で煽ってくれたよねぇ?」
 最低だと思った。なぜ俺が、こんな謂れのない辱めを受けねばならんのだ!
「なんで全然覚えてないのよ~」
「そ、それは貴様が酒を飲ませたから……」
 レイヴスはしまったと思った。これではアーデンの言った自分の行動を肯定しているとも取れる。違う、肯定するのは酒に酔って前後不覚になったことだけだ!
「あ、そうそう、きみ、他の男の前で酒飲んじゃダメだよ? あんな風におねだりしちゃうなんて、ほんと俺だけにしてね」
「!」
 アーデンがレイヴスに手を伸ばす。レイヴスは再び捕らえられ、今度は仰向けに押し倒された。
「で、きみが今日欠勤する理由だけど。体調不良だもんねぇ」
「何を……」
「だって多分腰立たなくなるよ。今日は一日ベッドの中。だってさぁ、昨日のお仕置きしないとだから」
「なんだと!?」
「そうでしょ? チョコレートにいたずらはするわ、記憶もないままに男を誘惑するわ、セックスの途中で寝るわ、しょうがない子だと思わない……? お仕置きはとっても厳しいから覚悟しなさいよ」
「ひっ……やめろっ……」
 言い終わるや否や、アーデンはレイヴスの股を割って足を大きく開かせ、恥部を曝け出させる。性器もその根本にぶら下がる袋も、秘められた蕾も全てを見られる姿勢に、レイヴスは真っ赤になって怒る。
「足を降ろせ! ふざけるな!」
「ねぇ、なんできみそんなギャップ激しいのよ。昨日みたいに誘ってみたらどうかな?」
「ク……ッ!」
 外はよく晴れているのだろう、カーテンを閉めていても室内は十分に明るい。つまりはレイヴスの肢体もよく見えるのだ。夜抱かれる時のように、薄暗がりの中に身を隠すことができない。と言っても、アーデンは悪趣味で、時折部屋の電気を煌々とつけたままレイヴスを抱く。曰く、「恥ずかしい顔がよく見えるから」。
「しょうがないねぇ。じゃあ、自分でおねだりできるようにしてあげるよ」
 アーデンはレイヴスの足を片手で抱えたまま、ベッドボードの引き出しに入っているローションのボトルを取り出す。そういう目的専用のそれは、アーデンが勝手にレイヴスの部屋に持ってきて置いてあるのだ。
 最初、レイヴスがこれを見つけた時はすぐに処分した。しかしある夜押し倒された時、それがないことがバレた。
『ローションなしで抱かれるのがどれくらい辛いか試したい?』
 アーデンにギラギラとした目でそう脅され、レイヴスは自らの失敗を悟った。結局の所この男は自分を抱くのだ。諦めたレイヴスはアーデンに許しを乞う事になった。
「ひぁッ!?」
「冷たい? ごめん、ちょっと我慢してね」
 秘められた蕾に、ぬめりを纏った指が一本潜り込む。
「あ……あ!」
「ここね?」
「いっ……ヒッ!」
 前立腺の膨らみをコリコリと擦られて、レイヴスのつま先が跳ねる。くちゅ、くちゅ、と濡れた音を立て、アーデンの指は着実にレイヴスの体に準備を施していく。
 確かにアーデンは強引にレイヴスを抱くが、その実乱暴にされたことは一度もなかった。いつだってレイヴスのことを可愛がるように抱くし、確実に快楽を与えられる。最初こそ恐れ慄き嫌だと泣き喚いたが、その時ですらひどく丁寧に前戯を施され、快楽に蕩けたところを一気に押し入られた。その後はもうなし崩しで、最後は気絶してしまった。起きた時にはすっかり後始末をされ、アーデンの腕に抱かれていた。
 アーデンは確かにレイヴスに乱暴はしない。それでも拒否権を認めないのは事実で、泣こうが抵抗しようがアーデンが抱く気になっている時には必ず抱かれる。それは執務室でも、揚陸艇の中でもだ。
 そうやってアーデンに手篭めにされてもうどれくらい経つだろうか。お遊びに付き合うつもりはないと何度言っても、きみ以外とは遊ばないと答えて全く取り合わないのだ。そうして体を好きにされるうち、レイヴスは随分と開発されてしまった。
 今ではもう、性器を刺激されずとも、アーデンの怒張で後孔を突かれるだけで絶頂する。それも射精を伴わない回数が増えてきており、レイヴスは自分の体が怖い。
「あ……ああ! ひぃっ……!」
 ぬちゅ、ぐちゅ、とアーデンの指で後孔を嬲られる。既に三本を咥えこんでいる蕾はひくひくと収縮し、ピンク色の粘膜を覗かせながらアーデンの節くれた指に絡みついている。
「ねえ、おねだりしてよ」
「あぅ……だ、れが……ッ!」
 睨みつければ、仕置とばかりにゴリっと前立線を抉られる。レイヴスの眦を涙が伝った。
「きみは下のお口の方がよっぽど素直だよねぇ」
「は……あっ……ア!」」
「おねだりできないなら、これはおあずけだよ」
「や……!」
 ずるりと指が抜け出ていく。食い締めるものをなくした後孔が、焦れて激しく収縮する。
「ほら、諦めなよ。アーデンのおちんちん挿れてって言えたら、続きをしてあげるよ」
「〜〜〜〜!」
 オッドアイズから涙をポロポロと零しながら、レイヴスは下唇を噛み締めてアーデンを睨む。もう後ろが切なくて堪らない。熱く太い杭で掻き回して欲しい。そうしてたっぷりイかせて欲しい。
 抱きしめて欲しい。可愛がってほしい。
 レイヴスはとうとう観念し、アーデンの望む通りに振る舞った。
「アーデンの……ペニス……挿れろ」
「ちゃんとお願いする口調でね」
 ぐぐぐ、とレイヴスは歯噛みするが、命令した方は涼しい顔をしている。こちらばかりが悔しがらされますます腹が立つ。
「……ペニス、挿れてください……」
 吐き出された言葉にアーデンはにんまりと満足そうに笑うと、ようやくレイヴスの蕾に自らの先端を押し当てる。
「息詰めないでね、お口開けて……」
 レイヴスは、軽くいきんで後孔の蕾を開く。そこに亀頭が潜り込むと、ゆっくりと体重を掛けられ刺し貫かれる。
「んぅっ……っふ……んぅぅ……」
 ずりずりと内壁を擦られる感触に鳥肌が立つ。
「苦しい? ごめんねもうちょっとだからね」
「あ……あ……」
 アーデンはレイヴスの性器を扱いて快楽を与えながら、自身の根本までを呑み込ませる。レイヴスの直腸がゆっくりとアーデンの形に開いて、ひくひくと震えながら怒張に絡みつく。まるで歓迎しているかのようだった。
 やがて全てを収めると、アーデンは長い溜息をついた。レイヴスの銀の下生えとアーデンのワインレッドの下生えが絡み、サリサリと音を立てる。
「レイヴス……ちょっとこれ外そうか」
「っん!」
 ガシャン、と金属質な音を立てて義手が外される。人工的な部分と肉とを繋いでいる部分が曝け出されると、そこには焼け爛れ、痛々しく引き攣れた皮膚があった。
「……きみはほんとに綺麗だね」
「っく!」
 アーデンは体を倒してレイヴスに覆い被さると、左腕の付け根のところにキスをした。
「こんな傷見て……萎えないのか」
「萎える? まさか。きみを抱いててそれはないよ」
 むしろその痛々しさと醜さこそ、レイヴスの清廉な色気を一層引き立たせる。そんなこと、言ってもきっと分からないだろうと、アーデンは目を細めた。
 一方、アーデンの答えを聞いたレイヴスはひどく安心していた。いつの間にかこの腕の温もりに飼い馴らされ、今では自分から求めているのだという事実を、レイヴスは認めたくない。
 しかし、抗い続けるのもそろそろ限界だった。
「あーで……頼む、もう動いてくれ」
 じくじくと潤んで疼く腹のナカを、擦って抉ってイかせて欲しい。
「もう苦しくない?」
「ん……へいき……お願い、突いて……」
 アーデンの腰に足を絡めてお強請りする。アーデンはいつものように優しく微笑むと、レイヴスを快楽の高みに連れて行ってくれた。

「あ……ひん……これ嫌ぁ……!」
 正常位で抱かれた後に後背位から貫かれ、その次の体位としてレイヴスは騎乗位でアーデンに跨っていた。
「なんで嫌なの? 気持ちいいとこ自分でグリグリできて嬉しいでしょ?」
「ちが……ぁん! ふかい……ヒィッ!」
 腰をしっかりと掴まれた状態で小刻みに揺すぶられ、レイヴスの背筋に強烈な快感が這い上がる。
「嫌だ……もうイけない! 出ない! 出ないぃ……ッ」
 レイヴスがもう三度射精しているのに、アーデンが出したのはまだたったの一回。明らかに意図的にレイヴスだけをイかせている。
「出なくてもイケるでしょーが。メスイキしなよ」
「もう、たのむ……ゆるしっ……」
「ダメだよ。お仕置きって言ったでしょ? 勃つうちは何度でも絞るから」
「ヒィ……ッ! 嫌だ! 嫌だぁぁ!」
 性器がもう兆さなくなるまで、延々と快楽を与え続けられることを知ってレイヴスは泣きじゃくる。いつもは厳しく高潔な雰囲気を纏う将軍が、この宰相に組み敷かれるとどこまでも淫らに堕とされる。
「ほら腰振って。じゃないと終わらないよ?」
「ひ……っや! あ! あ! ーーーーッ!」
 尻たぶを両手で卑猥に揉まれながら腰を使われ、レイヴスの口から喘ぎが溢れる。この日レイヴスは、本当に勃たなくなるまで絞り尽くされたのだった。

 とろとろとした微睡みから意識が覚醒する。
 レイヴスが目覚めると、既に日は西日となっており、ベッドには自分一人が寝ていた。
「……アーデン……」
 レイヴスはのろのろと起き上がると自分の衣服を探す。床に脱ぎ散らかされた寝間着が落ちているのを見つけると、拾おうとベッドを降りた。
「……ッ」
 散々無体を強いられて腰が立たない。恐る恐る足を踏み出し、なんとか衣服にたどり着いて、拾い上げようと屈んだ時だった。
「レイヴスくん起きたのー?」
 がちゃりと寝室の扉が開く。そこには、すっかり身なりを整えているアーデンが居た。
「良かった、なんか死んだように眠ってたからさ〜。さすがに一日食べてないからお腹すいたでしょ? ご飯にしようか」
 扉の向こうからはいい匂いが漂ってくる。相変わらず面倒見のいいことだ。しかし、死んだように眠るはめになったのは目の前にいるこの男のせいだ。しかも仕事を休んで日が高いうちからセックスに耽っていたなど。
 レイヴスは自己嫌悪に襲われた。
「あ、そう言えばさ〜」
 レイヴスが衣服を身につけ寝室から出たところに、アーデンがとても軽い声を出す。
「ルナフレーナ様からメール来てたんだけどさぁ」
 ルナフレーナだと!? なぜ妹がアーデンに!
「これ、送られてきたんだ〜」
 アーデンは、ポケットからスマートフォンを取り出すとレイヴスに見せた。
「ひ……っ!」
 レイヴスの喉から変な悲鳴がほとばしった。
「これ、昨日のチョコ作った時の写真だよね〜。ルナフレーナ様いい仕事するね!」
 ねー? とにっこり笑いかけられても、レイヴスには固まることしかできない。スマートフォンの中には、妹の白レースがたっぷりついたフリフリのエプロンをつけて、菓子作りをしている自分が居た。
「今度は裸エプロンで抱いてあげよっかね〜」
 一体どうして自分はこうも不運なんだろうかと、レイヴスは己の境遇を呪った。 

 

Fin

​20170217

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