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渡烏の行き先は

大幅に遅刻ですが、0721の日ということで。
甘さ控えめ(当社比)ですが一応エロです。

 

 王都制圧後、情勢は一気に帝国側に傾いたと言っても、混乱するインソムニア市街地にばかり気を取られている訳にはいかない。辺境地ではどさくさに紛れて、小規模ではあるが反乱分子がテロ行為を繰り返している。目的は帝国の軍事基地に格納されている最新の兵器類。将軍の地位に上り詰めた自分が一々出て行く訳では無いが、兵士の士気を高めるために重要な拠点では先陣を切る。ただ、思った以上に敵の人数が多く、久しぶりに激しい戦闘となった。
 こちら側は少数の人間の兵士と、後は機械類と魔導兵。対するルシスの敗走兵は全て生身の人間。この日だけで一体何十人を切り捨てたのか最早分からない。陛下から下賜されたアルバリオニスの美しき白い鞘までもが、どす黒い血の色を吸った。
 殺さなければ、殺される。それが戦場を生きる者の不文律。憎きルシスの人間を殺せるならば嬉しくさえあるはずが、彼らとて王家に忠誠心など無く、ただ故郷を守りたい気持ち一つでこちらに刃を向けてくるのだと思うと、自分と何が違うのか分からなくなり虚しさが募った。
「チッ……」
 女ばかりの所帯に産まれ育った自分が男であると自覚するのはこんな時だ。
 気持ちの面でどれだけ白けていようとも、死の予感と殺戮に昂った肉体は熱を持て余す。まして、若さと充実が両立するこの年代である訳で、肉体は生存本能を発揮しレイヴスの心などお構いなしに、自らのDNAを残そうと必死だ。
 神凪の血が続くことなど無いというのに。
 ともかく、他人にこの無様な状況を知られる前に一刻も早く処理する必要がある。さもなくば、この後予定されている御前会議で失態を犯すことになる。就任間もない将軍様は色狂いだ、などと事実とはかけ離れた当て擦りをされるのが関の山だ。彼らとてこの現象に覚えはあるだろうが、こちらの味方をする者など居ないだろう。何せ彼らと言ったら、「属国の王子風情が栄えあるニフルハイム帝国軍の最高位であるなど」と平気でのたまい、我慢ならないのを隠そうともしない。上官侮辱罪は軍法会議で厳しく問われることになるというのに、だ。
 幸い、長い廊下に人間は誰も居ない。レイヴスは少々前かがみになりながらシャワーブースを目指す。今すべきことは、速やかに問題を処理し、毅然とした態度で皇帝の間に参上すること。面倒事はさっさと片付けるに限る。
 こんな時、普段は激しい戦闘時にも身を守る皮のボトムとプロテクターの締め付けが徒になる。
「クソが……」
 全ての事に苛立ちを覚え口の中で小さく毒づきながら、レイヴスは乱暴にシャワールームのドアを開けた。礼服の留め具に手をかけると次々に武装を解除し、最後に残った下着類も全て脱ぎ捨てる。それらをロッカーに乱雑にしまってから、一番奥のブースに転がり込んだ。
 先客が居なくて良かった。だが後から誰か来るかもしれない。やや焦り気味に下腹部に視線を落とすと、それは天を向いて勃ち上がっていた。
 シャワーのコックを思いっきり捻るとたちまち頭上から冷水が降り注ぐ。冷たさに心臓が縮こまる思いがしたが、構わず頭からザアザアと飛沫に打たれる。額や髪にこびりついていた返り血が流されていく。上げている前髪が降りてきてこめかみに張り付いた。レイヴスは両手を前のタイルにつき、項垂れるように冷水を浴びた。
 早く、この興奮を静めてしまいたい。
 しかし熱は覚めやらない。自然に落ち着かせることは諦め排泄しなければならないと、屈辱にまみれながらも観念し、その場所に手で触れた時、ギイィとシャワールームの扉が開かれる音が響いた。
「……ッ!」
 もう少し後から入ってくれば良いものを。しかし、ブースには扉があるから中にいるのがレイヴスである事に気付きようがあるまい。それに音はシャワーにかき消される。声を出さなければ良いだけの話だ。
 自らを落ち着けようとレイヴスは思い直し、再び股間に手を伸ばした、その時だった。
 コンコンコン、とブースの扉を叩く音。思わず固まり、息を殺して様子を伺う。
 再び、「コンコンコン」と叩扉の音。ご丁寧に先程と同じ3回。乱暴ではなく、それでいて遠慮がちでもなく、相手が応答するのが当然であるという自信に満ちたテンポ。
 仕方なく、レイヴスは「なんだ」と答えた。
「上官のシャワー中に叩扉など、無礼極まりないな」
 低く脅しつけるように言うと、相手が小さく笑ったのを感じる。
「だって君、俺の上官じゃないし?」
 聞こえてきた声に、レイヴスは唖然として固まった。
 なぜ、こいつがこんな所にいる? 宰相が執務時間中に、軍専用のシャワールームに来る必要などある訳が無い。
「レイヴスくん? レイヴスくんでしょ? 開けてよ」
 先程応答してしまったため声でばれているはずだ、しらばっくれようが無い。だが、なぜそうなる。
「見ての通り、身を清めている最中だ。用なら後にしろ」
「いや、今の君に用があるんだ」
 次の瞬間、音もなく扉が開く。鍵は確かにかけたというのに。アーデンは、衣服がびしょ濡れになるのにも構わずレイヴスの背後に立つと腹に手を回してきた。
「うわ、水なんて浴びてるの? ……あぁ、なるほどねぇ」
 こんな状況ならば即座に萎えてもおかしくない、否そうあるべきだ。それなのにレイヴスの分身ときたら、全く変わらず天を突いたまま。
「興奮しちゃったんだ? それ、手伝ってあげようか?」
「結構だ。おい、触るな」
「まぁ遠慮せず」
 アーデンは無遠慮にもレイヴスのその場所を握り込むと手淫を始めたのだった。
「……ハ……ァ……」
「声は我慢しないと。誰か通ったら聞かれちゃうよ」
「うるさい……手を離せ」
「だってそれなんとかしないと、もうすぐ会議だよ?」
「分かっている…、ウ……ンッ……」
 男の長く節ばった指が、レイヴスの陰茎に絡みついている。いやらしい動きをする指はレイヴスの漏らした先走りを纏って、ぬるぬると幹を撫でてくる。それから亀頭を擦り、鈴口は親指の腹でなぞられた。頭上から降り注ぐ水流が、レイヴスの熱い吐息と微かな喘ぎと共に流れ落ちていく。
 受け入れるつもりはない。まして望んでいる訳など毛頭無い。それなのに男の手管に慣らされた身体は簡単に白旗を揚げようとする。レイヴスは唇を噛んだ。嫌悪感で一杯だった。平定という名の侵略に、切り捨てた人間の肉の感触に、そして何より流されることしかできない自分自身に。
「集中しなよ」
 手慣れた手技に腰が抜けそうになる。肉体は完全に快楽を追い始めている。
 諦めてレイヴスが身を委ねようとしたところで、アーデンの手はそこを離れていった。
「…?」
「続きは自分でどうぞ」
 この男は一体何がしたいんだ。いきなり人のシャワーに乱入してハラスメントを働いた上、中途半端に放り出すなど。いや、それでは続きを強請っていることになる。そんな無様で哀れな姿を晒すなど矜持が許さない。
「元より貴様の手など借りずとも。出て行け」
「いや? ここで見ててあげるよ。ちゃんと終わらせて君が会議に行けるように」
 将軍に遅刻されると宰相の俺も困るんだよ、話が進められなくて。しゃあしゃあとうそぶく男の顔を信じられない思いで見る。
「貴様、本気で言っているのか」
「勿論」
「そこまで俺を辱めたいのか!」
「気高き神凪で将軍である君のオナニーショーを見たくない人なんていないんじゃないかな」
「Fuck!」
 思わず口汚く罵ってしまった。どこまで悪夢が続くと言うのだ。
「さすが軍属。口が悪い。でもそこまで適応する必要ないと思うよ」
 君はお飾りで良いんだから。続いた言葉に、思わず相手の鳩尾に拳を突き込んだ。
「ウッ……! あーもーやだやだ。これだから軍人って嫌いだよ。すぐ実力行使に出る。直情的で困ったもんだ」
 カリゴ准将ならもうちょっと上品なんだけどねぇ。神凪一族のくせに君って何なの? 嘲るような煽り文句に、こめかみがきりきりと引き攣れる。
「……死にたいのか」
「ハッ! 君ごときが俺を殺れるなんて、思い上がりもいいとこだ、よ!」
「グアァッ……!」
 勃起を思い切り蹴られ、ずるずるとその場に蹲った。のたうち回りそうになる身体を意思の力で押さえつける。
「ほら、さっさとソレ扱いて出せって。できないならおっ立てたまま御前に上がるか? 皆が見てる前で魔導兵に犯させてやろうか」
 涙が滲む目を開けて顔を上げる。シャワーの水が降り注いでいて男の表情はよく分からない。
「分かったら、そこで足開いて俺によく見せながら、さっさとなんとかしな」
 ぎりりと奥歯を噛み締めて男を睨めつける。アーデンはコックを捻って流れ続ける水を止めた。
「ほら、早く」
 レイヴスは大きく舌打ちをひとつして、アーデンの前に座り大きく足を開きながら、その場所を握りこんだ。

 くちゅ、ぬちゅ、と淫猥な音が響く。
「ク、は……ア、あ……」
「そんなんじゃイけないだろう、いつも俺がしてやってるのを思い出して」
「…うるさい」
 勃起は限界まで張り詰め、解放を待ちわびて涙を流している。
「後ろ弄ってやんないとイけない?」
「黙、れ……ッ! ック!」
 目を閉じ、擦る速度を速める。あと、少し、もう少しだ……。解放の予感につま先が引き攣る。身体が浮き上がるような感覚。
『ほら、イっていいよ』
「ヒッ!? あ! あァァァ…!」
 フィニッシュというところで、男が耳元で囁く声を思い出してしまった。腹が立つよりも先に快楽が吹き上がって、目の前に真っ白な粘液がぶちまけられる。
「やっと出せたの。気持ちよかった?」
 冗談ではない。アーデンに抱かれている時を思い出して極めるなど。
「ねえ、もしかして、後ろも欲しくなっちゃった?」
 いつしか要塞の廊下で、顔も知らない男にすれ違い様に売女と詰られた声が蘇る。テネブラエの王子様が帝国宰相の情夫である事は公然の秘密だ。
「……いいよ、会議が終わったら俺の部屋においで」
 ちゃんと抱いてあげるから。
 そう言い残して、アーデンはブースを出て行こうとした。いつの間にかその衣服は乾ききっている。
 レイヴスがのろのろと立ち上がると、アーデンがくるりと振り向く。
「会議、遅れないでね。今日の成果をきちんと報告してもらわないと」
 レイヴスの口元が自嘲に歪む。成果、など。
 自分が居ようが居まいが勝てる現場に投入され、神凪一族の紋章が大きく入った礼服を翻し帝国兵を「率いて」舞うだけの。宰相の気まぐれで部屋に連れ込まれ、組み伏せられて慈悲を乞う無様で汚らわしいだけの。
 そんな自分の成果、とは。
 今日切り捨てた人間と自分の、違いは何なのだろうか。
 シャワールームの扉が閉まる。
 早く、服を着て会議に出なくては。

Fin


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