top of page

レイヴスくん観察日記

 

ツイッターのフォロワー様のサキュバスおじとペットの兄という素晴らしい妄想に便乗して書いた文章です。

 最近は人間をペットとして飼うのが一般的になって来たよね。俺も一匹欲しいなと思って昨日ペットショップに行ったら凄い可愛いの見つけちゃってさ、即決で連れて帰ってきちゃった。
 その子は雄で、なんでもテネブラエとかいう王国の王子様だったんだって。でも俺たち闇の世界の住人の台頭で人間世界は混乱、テネブラエ王国は滅びたらしい。その子は妹と一緒に夜の森をさ迷ってたところを保護されて、こうして魔界でペットとして暮らすことになったって訳。


 その子は商品としては少し薹が立ってたらくて、他の子らよりも大人だった。気の合う仲間も居ないのか、ショーケースの中の端っこで一人じっと座ってたんだ。寂しそうだなと思ってガラス越しに拳を当ててみたら顔を上げたんだけど、不機嫌そうな視線を寄越した後にすいとまた向こうを向いてしまった。
「すみません、ちょっとこの子見せて貰える?」
「はい畏まりました」
 ラミアの店員はすぐにショーケースの中に入って行った。
 ケースの中は、一面がガラス張りである点以外は普通のリビングのような作りだ。ソファや本棚、テーブルと椅子があって、お茶やお菓子も好きに取れるようになっている。中の音は聞こえないが、楽しそうに談笑している者もいる。他にも本を読んでいたり、昼寝をしていたり、まちまちだ。
「お待たせ致しました」
 店員が目当ての子の手を引いてアーデンの前に連れて来た。きちんと首輪とリードを着けられている。
「この子は雄で28歳です。特徴的なのはこの髪の色とオッドアイです。ただオッドアイのせいなのか、左の耳があまり良くありません」
 おや、それは可哀そうに。アーデンは目の前の子の頭を撫でてみた。彼は無反応だ。
「この子、名前はあるの?」
「レイヴス、と言うそうです。それ以外は特に何も話しません」
「そう……。ねえレイヴス、俺と一緒に来る? このショーケースから連れ出してあげるよ?」
 レイヴスはそっぽを向いたままだ。悲しそうな瞳をしている。
「この子らって売れ残ったらどうするの?」
「今まで売れ残るって事はありませんでしたよ。人気のわりに供給量が少ないですから。もし売れ残ったら……、うーん、動物園か保護シェルター行きですかね?」
 今時は動物愛護の観点から殺処分なんてできませんからねぇ。店員はそう続けた。
「どうする? このまま俺と来る?」
 尚もレイヴスは反応しない。アーデンはとうとう痺れをきらした。
「ま、いいや。ねえこの子を頂戴、今日連れて帰るよ」
「お買い上げありがとうございます! お代は1億ギルになります」
「これでお願い」
 アーデンはブラックカードを店員に渡す。こう見えて魔界の宰相なんてやっていて、かなりの高給取りであるためキャッシュでも支払い可能だ。だが面倒なのでいつだってカード払いを選んでいる。
「お客様、人間の飼育に必要なものは一通りお持ちですか?」
「いや何にも持ってない」
「飼育方法は分かりますか?」
「ううん、知らない」
 店員はテキパキと説明を始めた。寒暖の差に弱いのできちんと服を着せて下さい、エサは色々なものをバランスよく食べさせてください、病気になったら早めに人間病院に連れて行ってください、それから、役所に届け出をしてきちんと管理番号を貰って下さい。聞くところによれば予防接種も必要らしい。
「飼育書を一冊お付けしますので、これをよく読んで一生面倒みてあげて下さいね」
「うん、分かったよ」
 レイヴスはラミアの店員に頭を撫でられている。
「お前やっとご主人様ができて良かったねぇ。元気で暮らしな」
 どういうことだろう。アーデンは疑問に思ったので店員に尋ねてみた。
「この子ねえ、この通り愛想がないもんだから、興味持って貰えても売れなくて、もう二年もうちに居たんですよ。そろそろ保健所にも相談しないといけないかなって話してたとこだったんですよ~」
「へえ、それはラッキーだったな、俺はこの子が気に入ったから」
「はい、可愛がってやって下さい!」
 店員からレイヴスを繋いでいるリードを受け取る。レイヴスは最後の別れだと分かっているらしく、店員であるラミアにしがみついている。ラミアは六本の腕でレイヴスの全身を撫でていた。
「いい子いい子。大丈夫、ご主人様にたくさん可愛がって貰いな」
「……随分懐いてるんだね」
「餌をやったり体を洗ったりと二年も面倒みましたからね。なに、心配要りません。すぐに新しいご主人様に懐きます」
 アーデンは店員に礼を言ってから、彼を連れて愛車へと乗り込んだ。

 こうして俺はこの子、レイヴスを手に入れた。役所にも届け出たし管理番号も貰って首輪に着けた。予防接種もしたし、食事に入浴に衛星管理に、俺はちゃんと面倒をみている。
 しかしレイヴスはなかなかアーデンに馴れなかった。
「レイヴスくんただいま~」
 いつものように帰宅しても返事は返ってこない。当然玄関へのお出迎えもナシ。人間のペットがいる役所の部下に訊いたけど、他所んちの子らはもうちょっと懐いてるみたいなのに……。
「お腹すいてるよね、ご飯にしようか」
 アーデンの正体はサキュバス、つまり淫魔だ。人間の精気を吸い取ることで自らの糧とするため、特段人間のような食事をする必要は無い。しかし、レイヴスに食べさせるため自分で料理と味見をするうち、レイヴスと居る時には自らも食事をするようになった。それにはレイヴスが一人だとあまり食べない事もあった。
 レイヴスは無表情でソファから立ち上がると、キッチンにいるアーデンの横に並ぶ。この子も一応料理ができるようで、アーデンの手伝いをしてくれるのだ。だが、手は動くが口は利かない。あまりに喋らないので、連れて来たばかりの頃はもしや口が利けないのではないかと焦った。しかしそれは違ったようで、一度撫でようとしたときに「触るな!」と低く良く通る声でぴしゃりと言われてしまった。
「ねえ、一緒にお風呂に入ろう? 体を洗ってあげるよ?」
 そうやって声をかけたって返事は返ってこない、指一本触れさせてくれない。その割に、逃げ出す素振りも見せなかった。
 レイヴスはなかなかに手強いが、懐かないペットを馴らすのも一興だ。一歩一歩距離を詰めて、この子が俺に馴れる過程を記録するのも良いかもしれない。そうだ、そうしよう! 
 こうして、それまで趣味など無かったアーデンに趣味ができた。レイヴスの飼育ブログをつけることにしたのだった。


〇月×日 晴れ
 今日も触らせてくれない。ご飯は一緒に食べた。

〇月×日 雨
 休みの日だったから一緒に遊んでみようかとおもちゃを買ってきたのだが全く興味を示さない。
猫じゃらしもネズミのおもちゃも好きじゃないみたい。

〇月×日 くもり
 レイヴスがお腹を壊したので一日寝かせておいた。何か変な物を食べさせた訳でもないし餌の量もいつも通りだ。人間って難しい。


「う~~~ん……、懐かないね~」
 アーデンはどうしたものかと腕組みしながらレイヴスを見下ろしていた。彼は昼寝をしていて、すうすうと気持ち良さそうに寝息を立てている。安心しきっているようにも見えるのだが、相変わらず無口で最低限しか口を利かず、アーデンが触ることも許さない。
 飼育書に書かれている通りにしているのだし、そろそろこの子も慣れてきていいはずなのに。アーデンに対しては未だどこかで警戒しているらしい。というかもしかすると警戒も何も、この子はこういう性格なのかもしれない。でもそれではあまりに寂しい……。
「レイヴスく~ん、お話しようよ~。俺、君の笑った顔が見たいよ~」
 アーデンがダメもとでレイヴスの隣に潜り込んだ時だった。
「……うるさい、一緒に寝るなら静かにしてくれ」
 マットレスの真ん中で寝ていたレイヴスが体をずらしアーデンのスペースを作ってくれた。長い腕が布団をめくり、そしてそれをそっとアーデンの体にかけて……。
「れ、れれれレイヴスくん!?」
 これは! もしや添い寝の成功なのでは? レイヴスは何事も無かったかのように再びすよすよと寝息を立てている。その背にそっと腕を回してみる。しかしいつもとは違って、彼が体を離すことは無かった。
「こ、これはもしや……」
 やっと懐きはじめたのでは!?
 アーデンは嬉しさのあまり眠れるような気分ではなかった。
 レイヴスの体温は温かかった。規則的に上下する胸を眺めながらしばし感動を噛み締める。飼育書に書いてあった通り、ちゃんと徐々に懐き始めているみたいだ!
「今日はブログ長めに書けそうだな~」
 添い寝の次は何ができるようになるかな。アーデンはうきうきしながら次の目標について思いを馳せるのであった。


 

 

あとがき:レイヴスくんはもうあきらめているというきりんさんの素晴らしい設定です☺

2018-07-17

bottom of page