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アデレイ

 

 

「う……っあ……」
 グチュ、ぬちゅ、という粘度の高い水音と共に、時折豪奢なベッドがギシリと軋んだ音を立てる。
「ほら、もうちょっと頑張って腰振って。これじゃ俺イけないよ?」
「ッく……ひっ……っ!」
 ベッドの上では、男が二人抱き合っていた。否、抱き合っている、と言うと少し語弊があるだろうか。二人の間に流れるのは、そんな対等かつ温もりを与え合うような空気ではなくて、支配する側とされる側という関係だった。
 ワインレッドの髪に無精髭を生やした男が、寝台のベッドボード前に敷き詰めた大きなクッションを背にゆったりと座っている。その腰の上には向かい合うようにして、銀の髪に白い肌の男が乗っている。
「あ……ヒッ……!」
 銀髪の男、レイヴスは対面座位の格好で赤髪の男、アーデンに貫かれていた。


 レイヴスはこうして男に貫かれるのが何度目になるのかもう覚えていない。決して望んでこのような行為をしている訳ではない。
 初めて抱かれたのは、脅されてだった。最愛の妹を盾に取られ、他に為す術もなく代わりにの自らの体を差し出したのだ。
『ルナフレーナ様、綺麗になったよねぇ……。きっとモテるよぉ』
 神凪である彼女に、モテるかどうかなど関係ない。聖域をも何とも思わないその言動に虫酸が走った。
『でも、オレも興味あるな〜。宰相の権力使っちゃおうかな……』
 それを聞いて、目の前が暗くなる思いだった。この男ならやる。いとも簡単に人の大切なものを捻り潰して見せる。そして本人はすぐに、その存在を忘れるのだ。
『それだけは止めてくれ!』
『ふ〜ん? ……じゃあ、代わりにキミが抱かれてみる? 気高き神凪の血筋の男を抱くっていうのも、中々面白そうだよねぇ。大丈夫、オレ上手いよ?』
 ルナフレーナを守るためならば手段を選ばないレイヴスは、いとも簡単に絡め取られてしまった。
『下衆が……!』
『止めとく? オレはどっちでもいいんだけどね』
 レイヴスは唇を噛み締めて地面を睨みつけた後、一言答えた。
『……どこに行けばいい……」
 この身一つで妹が助かるならば、容易い事だと諦めた。


 体を好きに扱われる回数を最初の頃は数えていた。こんな関係がそうそう長く続くわけが無いと思っていたし、そう思いたかった。
 しかし、期待はことごとく裏切られた。回数を重ねるごとに執拗に嬲られるようになり、いつまで経っても解放される気配がない。
 そして何より絶望したのは、自分自身の反応だった。仕方なく、嫌々抱かれていたはずがいつからか快楽に躾けられ、躰が堕ちてしまった。アーデンの纏う底知れぬ闇に絡め取られてしまったのだろうか。
 だが、そんな事、今更考えてもどうにもならない。賽は投げられた。転がり落ちていくかのような自らの運命の歯車を止める手立てを、レイヴスは持たない。


「こら、集中してよ。ったく、しょうがない子だね」
「ひああ!」
 自ら動いてアーデンをイかせるようにと命じたのに、腰使いがぎこちなく、射精感とは程遠い感覚にアーデンはレイヴスを咎める。
「ちゃんと腰を振りなさいって」
「っひ!」
 ぴしゃりとレイヴスの尻が打たれる。その刺激に驚き、アーデンの怒張を食い締めている後孔がきゅうっと締まった。
 アーデンがズボンの前立てを寛げているだけなのに対し、レイヴスは全ての衣類を剥かれている。義手を外されているので、片腕だけでしかアーデンに縋ることができない。最も弱い部分を貫かれ、刺激に膝が笑って上手くピストンできないが、それでもなんとか腰を揺すってアーデンの命令に従おうとしていた。
「は……ぅ……」
 食いしばった口元から低い呻きを漏らしながら、ぱちゅんぱちゅんと卑猥な音を立てて、後孔でアーデンの性器をしごき上げる。その度に張り出したカリに前立腺を擦り上げられ、レイヴスの背を快楽のさざ波が走る。
「仕方ないな……ほらつかまって」
「っひ!」
 中々上手くできないレイヴスにアーデンは痺れを切らしたようだった。レイヴスの腰を掴むと引き下ろして最奥まで一気に自らの怒張を咥えこませる。咄嗟に身を強張らせ、脚をアーデンの腰に絡めてぎゅっと締め上げたのを利用し、アーデンがレイヴスを寝台に押し倒した。
「まだ対面座位は下手くそだね……これは上手くできなかった罰だよ」
「ッ!? やめろっ……あぁぁぁ!」
 ぐうっと奥まで押し入られ、激しく突き上げられる。ゴリゴリとナカを抉られて、激しい快楽にレイヴスは悶える。
「アァ……ひぃ――ッ!」
「最初はほんっとに感じるの下手くそだったけど、淫乱になれたじゃない?」
「あ! 言うな! 言うなぁ!」
 ぬちゅ、ぐちゅ、と結合部が卑猥な音を立てる。軽蔑し、心底嫌っているはずの男に組み敷かれ、排泄器官を犯されて感じている自分をレイヴスは認めたくない。けれども躰は意思を裏切り、容易くアーデンの手に堕ちていく。
「何、淫乱じゃないって? じゃあ、これは要らないね?」
「――ッ!」
 アーデンはピタリと動きを止めて、肉棒の抜き差しをやめる。そのままゆっくりと引き抜かれそうになり、慌ててレイヴスが脚を腰に巻き付けて引き留めようとする。
「何? この反応」
「あ……」
 レイヴスの顔が絶望に歪む。
「ちょうだいってちゃんとおねだりできたら、続きをしてあげるよ」
 できなければ今日はおしまい。唇を噛み締め、眉をぎゅっと寄せてレイヴスは小さく声を上げる。
「……ほしい」
「何? 聞こえないよ?」
「ほしい……ちょうだ……ッ!」
 言い終わる前にグッと押し込まれ、レイヴスの背がしなる。
「そうやっていい子にしてれば可愛いよ、レイヴス将軍」
 帝国将軍。アーデン程ではないにしろ、鍛えられた見事な体躯の武人が、文官である宰相に組み敷かれて喘いでいる。
「ほら、溺れなさいよ」
「あああ! やぁ……!」
 奥にずっぷりと嵌めたまま、アーデンが卑猥に腰を回す。グリグリと気持ちがいいところを抉られて、レイヴスは堪えられずに甘い悲鳴を上げる。一度快楽に蕩けた声が出てしまえば、もう後はなし崩しだ。
「あぁ……ひぃ……んう……」
「こっちもぐっちょぐちょだねぇ」
 腹につく程に反り返り、先端から透明な粘液を零すレイヴスの性器が大きな手の平に包み込まれる。そしてくちゃくちゃといやらしい音を立てて扱かれる。
「乳首は自分でいじりなさい」
 涙に濡れた目を開けて、レイヴスはそろそろと右手を自分の胸にやる。立ち上がってぷくんと腫れた乳首を摘むと、転がしたり抓ったりして慰め始めた。
「ひ……あ……あ……」
「気持ちいいの?」
「……ッ」
 顔を背けて答えることを拒めば、握り込まれた性器をきゅうっと圧迫されて痛みが走る。
「……気持ち、いい……」
「そう。じゃあもっとあげるよ」
「アっ……ッグ!」
 抜き差しする速度が早くなり、動きが小刻みになる。ガクガクと揺すぶられ、レイヴスの声も途切れ途切れの呻きにかわる。
「……ッ! 出すよっ……!」
 ピシャっと体内に欲望を吐き出される。そしてほぼ同じタイミングで、レイヴスもまた白濁を自らの腹の上に撒き散らした。

 

「そろそろ、潮時かなぁ?」
 アーデンは、青白い顔をして傍で眠るレイヴスの、寝乱れて顔に落ちかかる前髪を梳いてやる。
 こうしてこの男を弄ぶようになり、どのくらい経ったのだろう。気が遠くなる程の長い時間の中、この男と過ごす時間など一瞬にも満たないものだろう。
 レイヴスを脅して強制的に肉体関係を結ばせたが、その実アーデンはルナフレーナになど興味は無かった。ただちょっと暇つぶしになりそうだったので、玩具で遊ぶようにレイヴスを絡め取ったに過ぎない。無力なくせに自分におもねらず、頑なに軽蔑し拒絶する様が面白くて、ほんの少しちょっかいをかけるだけのはずだった。
 レイヴスは他の誰とも違う反応をする。それが面白くて仕方ない。遥か昔、アーデンを英雄として縋った者達とも、異端として王の座を追ったルシスの者達とも、自分の欲望のために簡単に魂を売り渡す帝国の人間とも。
 しかし面白いと思っているのはこちらばかりで、レイヴスの目にアーデンは映らない。どれだけ躰を好きにしても、彼に地位を与えても、ルナフレーナの事ばかり考えている。
 さして感謝もされないくせに。
 神凪は王と世界のためにのみ動くのに。
「お兄ちゃんは、どうしても俺のモノにはなりたくないんだよねぇ……」
 どうせ何もできやしないくせに、決して屈しきらない意思。理解されずとも尚、妹を愛し続ける愛情。快楽に堕とされて尚、高潔でありつづけようとする後ろ姿。
 その全てでアーデンの気を引くし、全てが愛おしいし、全てが哀れで、全てが憎たらしい。
「ならば、オレ以外のこと、何も考えられなくしてあげるよ」
 オレ以外、何も分からなくなって最期を迎えさせてあげる。
 オレだけを刻みつけてあげる。
 
 明けない夜、崩壊に向かう世界。
 ルシス王家の破滅にしか興味がない妄執の魂。それでも、レイヴスの髪を撫でる手と、見つめる視線は優しかった。
 

Fin

​20170115

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